TBSメディア総合研究所

No24．「デジタル時代のテレビの論点」

2005.5.1

　「新・調査情報」の<焦点>というコーナーに「第2ステージに入った地上デジタル放送」として、地上波テレビのデジタル化の現状と課題あるいは論点について三回連載で書いてきた（前2回はNo18とNo21に掲載）。その3回目の原稿を書いている最中に、ライブドア現象がさまざまな波紋を広げつつ急速に展開し、最終校正の前日(4月19日)に和解に至った。これがライブドアとフジテレビﾞの間の最終決着かどうかは分からない。また、別のIT関連企業からテレビ・ラジオ局へのM&Aが行われることがあるかも知れない。しかし、いずれにせよライブドア現象の「論点」を明らかにしておくことは、メディア関係者としての当然の作業である。
　連載の3回目は、このライブドア現象とテレビの地上波テレビのデジタル化状況を重ねる形で書いてみた。一部は、このメディアノートに以前書いた原稿や添付資料とダブル部分もあるが、そのままお読みいただきたい。尚、掲載原稿・資料と一部異なる表記があることをお断りしておく。

［第２ステージに入った地上デジタル放送］(3)
デジタル時代のテレビの論点／“ライブドア現象”との関係において

○　放送産業の構造転換の局面
　この連載原稿を書き始めた頃のメディア状況のまさに「焦点」はＮＨＫ問題だったが、ＮＨＫと朝日新聞の対立が浮上し、いまやライブドアとフジサンケイグループの対立状況にソフトバンク系も登場し、関係者に限らず広く衝撃を与えている。今号が発刊された時点でどのような展開になっているのか不明であるし、ここはそうした予測や対抗手段を論ずる場所ではない。
　しかし、ライブドアが提起した問題は、ライブドアの思惑（それが何であるかはともあれ）を超えて、私たちがデジタル時代のメディアのあり方の問題として、私たちの目線できちんととらえておかなければならない。どのような展開を示そうとも、ＮＨＫ問題と併せて、放送産業が構造転換の局面を迎えていると考えてよいだろう。このコーナーが「現場からの考察」と銘打たれている以上、デジタル現場の問題として、これは外せない。

○　「自己完結型」の限界
　ライブドアがニッポン放送株の大量買付けを公表した際の記者会見資料を見た。その中に「放送は通信の一部」と書いてある。インターネットと放送の提携によるシナジー効果を期待するライブドアとしては、至極当たり前のことを書いたということだろう。一方、放送関係者は、これを見て「そういう認識で放送界に入ってこられてはたまらない」と思い、多少なりとも不快感を示したことだろう。だがこれは「デジタル時代の放送とは何か」を考えるために欠かせないテーマである。これについて、幾つかの「論点」を書き出してみようと思う。
［I］「放送・通信融合」論に終始受け身だった放送には、いわば「放送聖域説」とでもいうような感覚があり、それは公共性と呼ばれる社会的機能をよりどころとしている。放送が「受身」だったのは、単に変化に対する感度の問題だけではなく、全国４波化や「あまねく」など、市場原理によらない構造にもよる。それに加えて、通信事業とは産業規模が違うため「融合＝取り込まれる」という警戒心も働いている。
　また、パソコンの普及に顕著に見られるように、通信はデファクト型（市場支配主義）、放送はデジュール型（規格主義）といった技術の社会化に関する相違もある。規格は、そう頻繁に変更できず、それは消費者にとっては機器の安定した購入条件であり、事業者にとってはサービス継続の条件でもある。
　こうした環境に置かれていたため「放送は状況対応のスピードが遅い」といわれることになり、融合論に対しても受け身にならざるを得なかったのである。　では、放送はいわゆる「自己完結型＝放送サービスのための経営」構造を維持できるだろうか。もちろん、否である。ＩＴ化（デジタル化）がそれを許さない。とすれば、こちらからどういうイメージで通信分野に対応するかの問題だ。

○　同報の効率性、広告媒体の効果、情報の編集機能
［II］放送は放送法で「公衆が直接受信することを目的とした無線による送信」とされ、その免許は「無線局免許」である。放送法そのものが「電波法」を前提にしたものなのだ。つまり、確かに放送は通信の一形態であるといえる。しかしそれにもかかわらず「放送法」が独自に存在している理由は何だろう。
　放送＝［１対ｎ］と通信＝［１対１］という古典的区分がある。しかし、放送にも［１対ｐ（有料放送＝特定多数）］が登場し、今また限定受信技術（ＣＡＳ）の実用化が進められている。これは、ＮＨＫの受信料制度にも関わる問題だ。
　一方、インターネットは［（１対１）×ｎ＝（特定情報への多数のアクセス＝マスメディア型サービス）］がビジネスの主流になりつつある。インターネット広告費がラジオ広告費を上回ったということが、このことを如実に示している。「放送は通信の一部」かどうかは別にして、古典的区分けでは整理しきれない状況は確かに広がりつつある。それでも［１対ｎ］が存在し続けると考える（と、私も思うのだが）、その根拠は何か。
　一つは、［ｎ］の規模、すなわち同報の効率性（例えば、放送は１００万以上、ネットは１００万以下が一つの単位として対象とするという考え方がある）であり、二つ目は広告マス媒体としての経済効果であり、そして最後に情報の編集機能であろう。こうしたことが、以下の論点に関わる。

○　［言論表現の自由］vs［通信の秘匿］
［III］もう一つ放送と通信の相違を言うならば「伝送する情報に関して自ら責任を有する（伝送主体＝情報主体）」のが放送で、「他人の情報を伝送する＝情報内容に関知してはならない」のが通信ということになる。
　前者の原理が［言論表現の自由］で後者は［通信の秘匿］とされている。だが、もし後者の原理が完全に保障されるならば、その限りにおいて通信手段による放送型サービスは成立することになる。「あまねく普及」を如何に担保するかということや、伝送における経済合理性という問題はあるものの、なぜ放送事業者が無線局免許人でなければならないのだろうか。
　国によって放送制度が異なるのは、その国の放送成立に至る歴史的社会的条件の相違によるものであろう。ＮＨＫが先行した日本では、無線局免許が放送事業者の存在要件とされているが、技術的・産業的に放送周辺の環境が流動化しつつある中で、現行放送法制度の継続が前提とされるにせよ、その現在的合理性の検証は欠かせない。

○　メディア行為による公共性
［IV］規制緩和による競争原理の導入が急速に進んだ通信分野では、周波数は経済財としての価値が優先しているが、放送では公共財としての側面が重んじられている、と考えられる。
　通信にもユニバーサル・サービスという概念があるが、不採算地域の通信インフラは自治体などによる整備が大きな役割を果たしているという。放送における「あまねく」（難視聴＝条件不利地域へ放送サービスの担保）の根拠は一体何なのか。また、情報通信審議会の中間答申がいう「補完的伝送路」の利用について、ローカル局の経営負担という視点を超えた認識が必要であろう。
　情報格差是正（デジタルデバイド解消）は誰も否定し得ない原則だろうが、それは同時に共通の意識空間の構成条件でもある。そうであるとして、経済活動による公共性の形成と制度による公共性の担保との関係はどう考えるべきだろう。
　放送の公共性は周波数監理を根拠とするのでなく、「より多くの人に情報提供する」という放送局のメディア行為（情報の編集機能）によって維持されるべきであり、これはデジタル時代においても放送局経営の基本テーマであろう。

○　規制体系と市場原理との狭間で
［V］こうした動向の全体を通して見えてくるのは、周波数監理に原則を置く電波法や放送法の規制体系と、経済法による市場形成のルールの関係が問われているということである。これも、法の領域における「融合現象」といえなくもない。これについては、「政」も「官」も敏感に反応しているように見える。
　では、放送事業者はどういう論理で臨むべきか。民放経営は、周波数に関する規制体系と、民間企業としての経済活動の絶妙（？）の組み合わせによって成立してきたといえよう。その放送の基本機能を「共通の意識空間の形成」というが、それはナショナルなものなのか、それともそうではないレベルのものなのか。
　「伝送する情報に関して自ら責任を有する（伝送主体＝情報主体）」のが放送であり、その原理は「言論の自由」といったが、それは国民の「知る権利」に基づくものである。これは一つのフィクションとも言えるが、それを実体化するのが、「情報の編集機能」なのだ。ＩＴ革命の渦中で、放送の自立はこうした高度にして複雑な関係の中で語られなければならない。ライブドアは「放送がどのような経営原則によるべきか」という論点まで浮かび上がらせてしまった。

○　汽水域のような情報環境
　さてここまできて、いま私たちが直面しているデジタル化の中での「テレビ・メディアのあり方」について語らなければならない。
　デジタル化について一つのことを語れば、それはたちまちにして多様な論点に波及する……。と、前号に書いた。これを図示してみる（ここをクリック）。この図の中にライブドアに関する論点も組み込まれることになる。
　さて、地上放送のデジタル化を考えるときに、技術・制度・政策・産業・メディアといったテーマに集約してみる。もちろん、他の集約の仕方もあるだろうが、とりあえずこのように考えてみよう。それぞれの論点にはさらに多くの課題が関わってくる（図の小さな吹き出し）。
　それぞれの課題は、相互に関連していてこれをすべて図に示すためには、３次元あるいは４次元の関係図が必要だろう。だからこの図は、あくまでも「例えば……」というふうに見ていただきたい。それにしても、左上にある「地上放送のデジタル化」という政策を選択すれば、少なくともこれだけの論点に関わることになるのである。
　昨年の夏、アテネオリンピックの最中にＮＨＫは四万十川のドキュメントを放送していた。番組では、四万十川には河口から数キロにわたって「汽水域」が形成されているということが語られていた。「汽水域」とは、河口付近で海水と淡水が入り混じる水域である。そこでは、熱帯系の魚類、巨大な赤目魚、海水と淡水の温度差の中で成長する海苔、岸辺の植物と鳥類など、豊富な動植物による多彩な生態系が構成されている。
　そうなのだ。テレビジョンとは、汽水域のような情報環境において、日々生起し浮遊し入り混じる情報（気体）を、さまざまな方法で形（液状または固形）に組成して送り出すということにおいて一つの「生態系」のようなものなのだ。

○　メディア論から政策を撃つ
　「系」とは、中心から周縁、あるいは上から下というというような関係性ではない。前号で、テレビについての制度政策を考える場合において優れた現場感覚が求められているといった意味は、そういうことなのだ。コンテンツを缶詰のように考える政策論からは、テレビというメディアは捉えることはできない。
　それは「レイヤー化対ハード・ソフト一致」論争の不毛が示している。私たちにとって何よりも必要なことは、デジタル技術の進歩によって多様に変化する情報環境の中で、テレビというメディアの機能をもう一度とらえ返すことなのだ。
　デジタル化が技術論・制度論・政策論・経営論として語られることはあっても、こうしたメディア論的発想で語られることは稀である。もちろん、メディア論が政策を決定するわけではない。しかし、メディア論から政策を撃つことは出来るはずだ。
　いま私たちにとって必要なのは、合理的な政策形成の過程にコミットするとともに、政策論から排除される、ないしは排除されざるをえないメディア論的な発想によるテレビジョンについての論理を構築することである。それをもって政策と対峙し、そこに生ずるメディアと政策の緊張関係により、さらに高度な政策を要請することだ。

○　問題提起の地平を超えた現実
　この連載で、私はテレビの側から地上デジタル放送の状況を可能な限り多角的にとらえ、デジタル時代のテレビの機能あるいは存在理由そのものにまで視野を届かせる必要があることを明らかにしたかった。
　そのために、第１回で現状を、第２回で政策と制度の検討の方向を、そして第３回でデジタル時代のテレビ・メディアの原点を確認しようとした。しかし、現実は論理より先行しつつある。地上放送のデジタル化について、錯綜して進行する状況の中から「論点」と論点相互の関係づけを探り出し、それに対応するための論理構築が急がれているときに、ライブドアが提示した問題は、軽々と私たちが提起しようとしていた地平を越えてしまったようだ。
　だが、それも良いではないか。現実と論理は常に相互連関の関係にあるのだ。もしも、デジタル時代のテレビ論というものがありうるならば、図に示したすべての論点とそれが現実の中で変化して行くさまを対象とすることで成立する。いや、論として成立するというよりは、テレビはその全てを背負うことでデジタル化に向き合っているのである。

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