TBSメディア総合研究所

No38．［「メディアステーション論」論］

2005.12.1

　重延浩さんがテレビマンユニオンニュース(NO584)で「メディアステーション論」を展開している。重延さんはこれまでも、BBCを中心にしたイギリスの放送改革について何度か論考を発表している。彼のキーワードは「放送局に求められているのは経営哲学だ」ということだ。今度の論文では、放送を超えて「メディアステーション」という概念で、多層的に流動するメディア状況を包括的にとらえ、新たなメディア活動の構想を打ち出しているが、その視線はやはり「哲学」に注がれている。
　放送あるいはそれを包含するメディアの哲学とは何か。何故、哲学が必要なのか。
　重延さんは常にメディアを文化としてとらえている。文化であること、それはメディアに関わる人間の共通の基盤として認識されるべきであり、したがって国家のメディア政策にも文化としてのとらえることを求める。この視線を優先させること、それがメディア経営あるいはメディア政策の「哲学」の原点なのだ。そこには、文化は人間存在の本来的なあり方だという確信がある。あえて言うならば、文化は生活より、そして政治より上位概念であるべきだと、重延さんは思っているに違いない。
　とはいえ、彼はしたたかな制作者でもある。番組が商品として成立しなければ、評価の対象にならないことを熟知している。だから、例えば哲学者ヤスパースを番組として提示して見せたりする。哲学の商品化と商品化の哲学、そういう行為を重延さんは楽しんでいる・・・ように見える。これをメディアにおける弁証法的実践（あるいは遊戯）というのだろう。
　また、重延さんは「ソフトは動かなければならない」という意味をしばしば語っている。重延メディア論で言うならば、ソフトが動く＝様々な場にソフトが提供されることは、市場の活性化であるとともに、文化の公共化でもある。それを阻むことは、反文化的行為ということになる。メディアに流通する成果物は「人々」に広く享受されることで社会化されるのであり、局や制作者の利益はそれを前提にして成立するべきで、この順番を変えてはならないということに繋がる。少なくとも、メディアの経営者はこうした見識が求められているのであって、仮に放送局の買収という経済行為が成立するとしても、その場合の評価の基準はいかなる経営哲学を提示し得るかにかかっているということになるだろう。

　では、メディアステーションとは何か。論文冒頭にこうある。
　「メディアステーション最高の通信・放送の技術を導入し、そこから生じる価値を新しい人間社会の価値に転換する」「メディアステーションはあらゆる文化にかかわり、連動する。あらゆる産業にかかわり連携する」「創造のためには、メディアステーションは政治、経済、社会に対し強い哲学を提言する。」そして、この後に現在進行形で展開する通信と放送に関わる広範な事象を網羅的にとらえ、分析し、展望する｡最後に「哲学を持つメディアステーションは多量の情報を収集し、知的な選択をする編集機関である」「メディアステーションに必要なのは、優れたた人間による優れたシステム、そして長期的な視野である」と語り、「未来のメディアステーション像を哲学的に考える時が今来ているのではないか」と結んでいる。

　この骨太で大らかな、そして人間と人間の文化への信頼に基づいた構想(というよりこうした構想を生み出す発想)は魅力的だ。大いなる楽観といって良い。ブロードキャストの内側から状況を凝視し、内部から超えようとするときに強いられる屈折あるいは屈託というものがない（これは個人の資質の問題でもあるが･･･）。それにしても、色々な刺激を受けた。
　この重延論文には、私の「テレビとインターネットの『入れ子構造』について」が引用されている。「入れ子構造論」は、このメディアノートにMaekawa Memeとして書いたものをもとに少し考え方を整理したものだが、まだ作業途上である。来春くらいまでには何とかまとまった小論にしたいと思っていた。重延さんには、「メディアステーション論」のための取材として会った時に、参考として渡したものである。重延論文を読んで、「入れ子構造論」を読みたいという方が何人かいらっしゃった。書いたものに関心を持っていただくということは嬉しいことだ。未定稿としてだが、若干の加筆をして早い機会にこのページに掲載することを考えている。若し、その段階で何らかの批評があればそれにも対応してまとめるというのも、ネット時代らしい方法かもしれない。「メディアステーション論」を読んで既に筆を入れたところもある。

　私的なことだが、重延さんと私はTBS同期入社である。新人の頃、彼は高橋和巳の「邪宗門」の企画書を書いている。あの小説をドラマ化しようという着想にも驚いたが、その企画書の分厚さに圧倒された記憶がある。量というのはそれを支えるエネルギーがいるということだ。スケール感は図抜けていた。きっと樺太生まれ（だったと思う）、北海道育ちという少年時代に、大地が彼の才能を育んだのではないかと、私は思っている。「メディアステーション論」は、まだ序説の段階だと思う｡どう発展するのか楽しみだ｡

　余談。「哲学的落語家!」(平岡正明　筑摩書房)を読んだ。自殺した桂枝雀の落語論である。ここでも、哲学に出会った。今、何故哲学なのか、これについてもまたここに書くことになるだろう。

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