TBSメディア総合研究所

No39．「情報社会」

2005.12.15

　「…でも、新聞のあの書き方ってちょっとひどすぎない？あれじゃメディアが警察といっしょになって犯罪事実を創作しているようなものじゃないの」
「それを情報社会っていうんだろう。…」

　藤原伊織「テロリストのパラソル」の中で、爆破事件の容疑者として追われる主人公と、その爆破事件で死亡した彼の昔の恋人の娘が交わす会話である。藤原伊織の作品が好きだ。最近、パラパラと再読していて目に入った。
　何でこの部分が気になったかというと、最近読んだ「ブログ／世界を変える個人メディア」と今読みかけの「プロファイリングビジネス」の２冊に書かれていることを思ったからだ。
　それは、(1)メディアと権力の関係、(2)情報管理社会の構造、という二つの問題である。

　「ブログ／世界を変える個人メディア」の原題は”We the Media”である。
　マスメディアが伝えないことあるいは伝えるのは忌避することを、ブログジャーナリズムはジャーナリストだけでなく様々な分野の専門家や市民とのネットワークで情報交換しつつ、知らせるべきことをニュースとして提示する。著者には「草の根ジャーナリズム」こそ、マスメディアの欠陥・欠落(市民にとっての)を超えるものだという確信がある。マスメディア全否定ではない。例えば、十分に時間をかけ、過去に蓄積された情報を背景にした調査報道においては、マスメディアの能力を高く評価している。また、プロフェッショナルであることの重要性も語られている。しかし、マスメディアはテクノロジーの進歩に対応できていないし、それどころか、巨大通信事業者やエンタテイメント産業は「デジタルリバティー」を抑圧しようとしている、という。
　ここには、インターネット普及の初期に見られたカウンターカルチャー論を生んだ思想が、アメリカ社会では地下水脈として流れ続けていることが分かる。日本において、マスメディアが全体的に情緒的に傾斜する度合いが進行する中で、ブログジャーナリズムがどう生成されて行くのか、アンダーグラウンド情報のネットワークを越えられるのか、ブログ情報の信頼性は何によって担保されるのか、権力との関係を客観化する歴史的経験が乏しいこの国のジャーナリズムのあり方が問われている。
　「プロファイリングビジネス」の原題は、”NO PLACE TO HIDE”である･･･「隠れるところは何処にもない」。帯には「Goodbye to Privacy」。
　個人情報が商品としての高い価値が認められ売買され、それがコンピュータによりデータベース化されるとともに、その量も質も著しく拡大した。さらに、この蓄積されたデータがネットワークシステムと結合することによって、人々が意識しないままに情報管理網に裸のまま捕捉されている。9.11.以後、権力あるいは権力から委任された企業による個人の管理は、古典的な市民のあり方=「自分は自分である」という存在の仕方を変えてしまったようだ。これは、情報の規制ではなく管理である。そこでは、カウンターカルチャー論の幻想は完全に排除されているように見える。9.11.以後、世界は変わったといわれるが、おそらくこの管理(つまり「排除」)の構造の成立が、その変化の最も大きなものであろう。

　今年最後のこのノートを書きながら、この１年間ますます賑やかだった「融合論」を思うと、こうしたネットワーク社会の生成(=デジタルテクノロジーの展開)において語られるべき論点の不透明性を強く感じざるを得ない。まさに、メディア論から政策を撃たなければならないと思うのだ。楽天問題はとりあえず水面下に入った。しかし、経営に関わる対立構造が水面下に入っただけではなく、問われるべきメディア論的論点もともに潜行してしまったようだ。今の私の立場で言えば、ことこの問題に関して言えば、メディア論的思考とその表明も戦術的にならざるを得ない以上、やむをえないことであるけれど、しかし論点を成長させるだけの目線の高さは保たなければならないと考えている。それがメディア総研の存在理由でもあろう｡

　それでは皆様どうぞ良いお年をお迎え下さい。

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