TBSメディア総合研究所

No42．「京都へ行ってきた」

2006.2.1

　京都へ行ってきた。
　用事を済ませた後、南禅寺が近いというので15分ほど歩いてみた。夕暮れの冬の冷気に包まれて、あの大きな門がどっしりと構えているさまは、こちらを暫く無言で佇ませる何かがある。閑散とした境内の裏手に回って、琵琶湖疏水の水路に登ってみた。明治18年竣工、近代化間もない時期の、日本人の手による設計施工とある。日本人の近代化の適応能力の高さの証、という評価を引き出すことは簡単だ。それよりも、景観としての感想が浮かぶ。その頃は、名刹の中のアーチ型の煉瓦造りの建造物はミスマッチのような風景だったのだろうか。そのような気もするが、そうかといって今見れば、旧東京の面影の中に突然出現する高層ビルをみるような醜悪さは感じない。それが歴史とか文化の「層」というものなのだろうか。それにしても、煉瓦造りのあのデザインはどのようにして生まれたのだろう。水道建設には色んな工法があるのだろうが、ローマ時代から高架の部分は概ねアーチ型をしているようだから、様式としては何の考えもなくただそれを採用したということなのか、それともそこには設計デザインとして何かの苦悩があったのだろうか。煉瓦つくりの建物を並べた初期の銀座は、不人気だったという。技術の近代化ではなく美意識の問題として気になるところだ。少し時雨れてきた中で、湯豆腐料理の店が並ぶ坂道を下りながら、そんなことを思ってみた。
　翌日も少し時間があったので、京都国立博物館に行ってみた。南蛮漆器の展示が面白かった。南蛮漆器は、鎖国前の渡来人が求める箪笥、物入れ、書見台など彼等が必要とする用具を漆器で作ったもので、日本在住の間に使用したものばかりではなく、輸出されていたとのことである。螺鈿の細工が見事なものがある。何か妖しげな感じもして、ちょっとドキドキする。当時で言えば、これもモダンな工芸なのだろう。漆器はJapanといわれるように日本固有のものだろうが、それよりも南蛮人の必要とする用具を、高度にデザインしてしまう職人たちの美意識に唸ってしまう。
　そう思うと、博物館の向かいにある三十三間堂の仏像も、サンスクリットの世界から中国を経由した仏教が、この国で作り出した創造物なのだ。･･･それにしても、三十三間堂の中は寒かった｡僧の修行は容易ではない｡

　「やまとごころ」が何かは知らないが、私たちの先祖は少なくとも到来した異文化をブレンドする能力において確かに優れている。模倣とオリジナルは紙一重だ。優れたブレンド能力は、オリジナリティーである。歴史の鍵である文字でさえ借り物を使い始めた私たちが、他者に対する寛容を喪失するのは、自己否定に等しい。感想としていえば、少なくとも黒船以前は、異文化は西からやってきてその外に出ることなく、この国で堆積され沈潜し純度を高めて来たように思える。そのようにして模倣をオリジナルに変え、極めてセンシティブな文化を形成してきたのだろう。それがブレンドというものだ。博物館で南宋の書を眺め、狩野派や円山系の絵を見、北斎の富嶽三十六景の絵葉書を買い求めつつ、そんなことを思った。
　そんな2時間程を過ごした後、新幹線の中でデジタル問題を思い出したが、なんだかどうでも良いような気になった。デジタルとは、数値化による効率化だとすれば、数値化されざるものこそ文化であり、人間なのだ。技術の融合ではなく、ブレンドによる美意識の形成。いま、私たちが失いつつあるのはそういうことなのだろう。国家の品格より、そちらのほうが問題だ。否応なく変化は進む。何処に目線をおいて変化に対応するのか。放送関係者は、融合論に対して「放送を産業としてだけでなく、文化として語られるべきだ」というが、それを戦術としてではなく思想としていうのであれば、そのとき放送は文化とどう向き合っているかが問われている。その内実を語ることこそが、デジタル問題の核心なのである。

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