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メディア・ノート
    Maekawa Memo
No44.「弁ぜんと欲して己に言を忘る」 2006.3.1

 週末に戸隠で滑った。
  雪質が良い、ゲレンデが静かだ(BGMがない、降る雪、雲の佇まい、映ろう陽射し、風の音が自然のBG、というよりそれが主役で、人間はチョッとお邪魔してるというところか)、晴れた日に戸隠山の向こうにアルプスが見える、一本を長く滑れるコースが楽しめる、ゲレンデの食事の選択が豊富だ、「もみの木山荘」という宿が落ち着いていて主の一家が穏やかな人たちだ、我侭を言って道具を預けたままシーズンを過ごさせて貰える、それやこれやの理由があってのことだが戸隠でスキーをするようになって30年以上になる。10年位前までは、年間15日滑るのが目標だった。今では、10日が良いとこだ。年とともに回数が減るのは体力の問題ではない。デジタルの性だ…というのは半分冗談だが半分はホントだ。この数年、忙しさが増しているのはそれ以外の理由ではない。
  シーズンの初めに出かけるときは「ヨシ!」と気合を入れるが、その後はどの週末に出かけるかを何時も探って仕事をしている。若いときは、夕暮れにリフトが止まるまでゲレンデにいたものだが、今は午前中でも気持ちよく何本か滑れれば今日はもうあがっても良いという気分になる。宿まで林間を滑って帰るのだが、途中に宿の長女が仕切っている店がある。「ヒマラヤの詩」という。もみの木山荘の主(今は、息子が後を継いでいる)が、山歩きが好きでヒマラヤにトレッキングに時々出かけることもあって、店にはネパールの民芸品など置いてある。午後の早い時間に「ヒマラヤの詩」によってワインを飲みながら無為に時を過ごすのがいい。無為とはとても贅沢な時間と付き合うことだ。少し傾いているが陽はまだ高い。だが、朝の空気のような緊張はない。窓からは梢を渡る風に春が混ざっているのが感じられた。開放された昼の酒は、取り留めのない思いをめぐらすのに最高だ。何の脈絡もなく時々好きなフレーズが浮かんでくる。

  弁ぜんと欲して己に言を忘る…だなァなどと思う。

この前段は、
  菊を採る東籬の下
  悠然として南山を見る
という良く知られた対句があり、そのあとに
  山気日夕に佳し
  飛鳥相与に還る
  この中に真意あり
と、続き「弁ぜんと欲して己に言を忘る」で終わる。
陶淵明の「飲酒 其の五」だが、これは帰宅して後で確かめたこと。

 それにしても、この2〜3年スキーがうまくなった。自画自賛の気味もあるが、30年以上も一緒に滑っている先達が言うのだから間違いない。およそ1.5キロをノンストップで滑るのだが、どんどん斜面に真っ直ぐ入れるようになっていくのは気持ちが良い。60歳を過ぎても上達するものがあるというのは嬉しいことだ。その先達は70を過ぎたが、その速さに感心する…というより呆れている。

 いつもはここでメディアとの関係を書いて締めるのだが、例えば今回なら「身体性とデジタルについて」など、でも今回はそれもナシ。たまにはそれも良いではないか。何しろ「弁ぜんと欲して己に言を忘る」なんだから…。



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