TBSメディア総合研究所

No52．［「あり懇」報告書はこう読め…続々デジタル乱反射］

2006.7.1

　「あり懇」というのは、「通信と放送のあり方に関する懇談会」のことを関係者がいうときの呼び名らしい。大臣懇とか竹中懇、場合によっては松原懇などと呼ばれているが、「あり懇」というのはなんだかシュールな感じがするので頂くことにした。
　もう一つ。この　[「あり懇」報告書はこう読め]というタイトルは、もちろん「風太郎はこう読め」(平岡正明)から頂いた。だが、ご本家のように大胆奔放自由自在の想像力で読みこなすのは無理だ。大体、テキストのレベルが違う。とはいえ、とりあえず始めよう。
　「あり懇・報告書」については、政府と与党の合意が成立し、そこに書き込まれた項目が政策実行の対象となるので、その意味では全体をどう読むかはタイミングとして遅れた作業に見えるかもしれない。しかし、「報告書」の論理とその意味するものはなかなか興味深いものがあり、今後のデジタル状況に放送がどう対応するかを考えるテキストとしての意味はそれなりにあるだろう。
　
　この「報告書」は、頭から読んでいくと曖昧で矛盾もあり、放送についての無理解や強引な方向付けが目に付く。審議会や懇談会の「報告書」としては、確かに出来が良くない。「あり懇」そのものが原則非公開なので、検討経緯は不明なものがあるが、多少乱暴に状況を推測すれば、発足時の意図が様々なリアクションや政治的力学で後退し、中途半端な「報告書」になったと見られている。例えば「(放送業界の)8割り方の勝利」という評価もある。放送業界全般としても、警戒心を保ちながらも概ね「関係者の努力により、ハードソフト分離の回避、地域免許の確認、など大筋で了解できる範囲にまとめられた」と受け止めている。
　だが、この「報告書」は当初の意図が破綻して「大臣の私的懇談会」の面子と体裁だけが保たれたものなのだろうか。この「報告書」をテキストとして読むとき(テキストとしての読み方など教わったことはないが)、そこに何を読み取るべきだろうか。まず下図を参照して頂きたい。

(1)　キーワードは「レイヤー対応規制」
　何故、「レイヤー対応規制」がキーワードかといえば、「報告書」に登場する用語の中で、多少使い古されているとはいえ、最も包括的且つ多少の概念性を持つ用語であり、報告書の中で政策提言の思想を語っている言葉だからである。当初の「ハード・ソフト分離」という直裁的言い方に変わって、最終段階でこの表現を採用したのは、「ハード・ソフト分離」に対する反発を強行突破できないという判断があったのかもしれないが、「レイヤー対応規制」と「事業の垂直統合の容認」をセットにすることで、「報告書」は「寄せ集め切り貼り集」に陥ることを回避し、「あり懇」の存在理由を骨格として残しえたのだと読める。

(2),(3)　参入障壁の引き下げと事業の流動性
　この「レイヤー対応規制」は、デジタルにより流動化しつつある情報関連の市場形成のためには、「通信・放送共通の規制体系が必要」だといい続けたことの集約的表現である。確かに、レイヤー対応規制はインフラ優先の「融合・IP市場」を成長させようとするときに、参入障壁の引き下げと業態の流動化を目指すために検討されるべき政策課題ではあるだろう。しかし、従来からいわゆる「融合論」は、「ネットワークインフラに放送コンテンツを流通させるためには、放送産業の上下(水平)分離が必要」というのが基本スタンスだった。そう考えると、「報告書」の内容はこうした主張の後退でもある。但し、長期戦略として状況変化を待つ(状況を別のアクションで変化させる?)という判断が働いたかどうかは不明である。このことは以下の分析と関連する。

(4),(5)　地上放送と「レイヤー対応規制」
　「レイヤー対応規制」は地上放送も対象にしている。一方、現在の地上放送は「電波法・放送法」体系、すなわちハード規制を基本としていて、その中で放送法第4条(政治的公平性、公序良俗、訂正放送)などの最小限の内容規制が規定されている。これは、免許事業であることと言論機関であることを両立させる制度上の知恵というべきだろう。現実のメディアと政治の関係は複雑であるが、制度の在り方として評価されて良い。その反面、放送事業は様々な形で番組に関する自主基準を制定している。そうだとすると、IPTVのように通信系から放送とほぼ同様の情報提供を行う分野に参入しようとする事業についての内容規制はどうあるべきかということが問題なのであって、「レイヤー対応規制」を現行地上放送に適応する理由は乏しい。一般的にいえば、政府が内容規制についての方策を検討する場合には、規制の程度を強くする方向に働くであろうことに留意すべきだ。通信のように内容規制を持ってはならない(通信の秘密)事業環境から成長するメディアと、もともと最小限規制で成立してきた地上放送とを、産業育成政策である「レイヤー対応規制」としてのコンテンツ規制で共通化することに合理性があるとは思えない。

(6)　「未利用周波数の有効活用」「地上放送と役務利用法」「地デジIP再送信」
「NHKの伝送部門の別会計化」…　インフラと流通に関する課題
　ここまでに述べてきた「報告書」の基本部分を踏まえて個別の課題としてこれらの項目が挙げられている。
　「レイヤー対応規制」と「地上放送の垂直統合維持」をセットにしたため、「未利用周波数の有効活用」は政策課題としては付け足し扱いになってしまつた。「地上放送への役務利用放送法」の適用は、同法がそもそも「通信手段を利用した放送サービス」を対象にしているため意味不明の提言となっているが、これも「上下分離論」を前提に検討が進められた残滓であろう。但し、デジタル完全移行後の周波数利用政策の中で、再度浮上することはありうる。「IPマルチキャストによる地上デジタル放送の再送信」は、「地域免許制度」を前提としたため、「基本的には地域限定すべきではない」が「放送事業者の判断により決定」と二重の論理となっている。前段の主張は、「再送信」と「IPTV」とのメディアの区別を意識的に排除したのではないか、と推測したくなる。
　「NHKの伝送部門の別会計化」は、受信料収入の限界という認識により、新たな収入源の開発という意図があるようだが、それよりもNHKに伝送(ハード)部門の分離経営を導入することで、結果として放送における「上下分離」の契機とする戦略提言と受け止めたほうが、これまでの議論を考えれば筋が通る解釈に思える。
　以上の具体的提言は、確かに混乱しているのだが、それだけにこうした課題への強い執着が感じられる。

(7),(8)　「マスメディア集中排除原則の緩和」「NHKのスポーツ・娯楽部門の子会社化」「コンテンツ市場の公正な取引」…　コンテンツ(あるいはプラットフォーム?)産業としての放送に関する課題
　(5),(6)で混乱している「報告書」だが、これらのテーマでは元の論理に回帰している。「マスメディア集中排除原則の緩和」は、民放事業者の意向を反映しているともとれるが、むしろここは「放送産業のコンテンツ産業への転換政策」と読むべきだろう。その背景には、「あり懇」設置の動機として「日本には何故タイムワーナーが成立しないのか」という強い問題意識がある。タイムワーナーが成立するためには、ハリウッドという圧倒的な巨大産業の存在がなければならないのだが、そして日本にはそれが不在であることこそ日本のエンタテイメント産業の成立環境なのだが、その構造的問題をいとも短絡的に飛び越えてしまった「回答」がここにある。「タイムワーナー論」の非現実性を指摘することは出来ても、「あり懇」はメディア・コングロマリット成立を期待するために「マス排緩和」を取り込んだと読むべきだ。だからこそ、「コンテンツ市場の公正な取り引き」という項に意味がある。なるほど、とここで気が付いたのだが、放送事業の垂直統合を認めたのは、コングロマリット論の延長として読むべきなのかということだ。それともそれは流石に深読みが過ぎるのか･･･。
　こうした関心の持ち方が、「NHKのスポーツ・娯楽部門の子会社化」につながる。スポーツ・娯楽は公共性が低いという認識にも絶句するが(ローマ帝国皇帝は大衆にパンと娯楽を提供することを忘れなかった、と塩野七生さんはいう)、そこには「公共性」という言葉の多様性を見るべきだろう。これについては次項以後で触れる。少なくとも、総合編成による「最大視聴者獲得原理」と「報道機能=基本情報の共有化」はマスメディアの基本機能であり、これによる「共通の意識空間の成立」は現代社会の構成条件である。その上で、情報技術の進歩による情報の多様化・専門化が成立する。「あり懇」とその「報告書」は、ここでメディア認識のレベルを露呈している。
　「報告書」の前段でソフトパワーの強化という政策目標が掲げられていて、それは「海外放送」というカッコは良いがあまり実効性のない項目に集約されているように見えるが、実はこの「マス排緩和」と「NHKのスポーツ娯楽部門の子会社化」は、(「タイムワーナー論」を背景にした)ソフトパワー強化の戦略的志向(あるいは深謀遠慮)を目論んでいるといえるだろう。

(9)　「放送産業からコンテンツ産業への構造転換」
　「報告書」の趣旨を敢えて一言でいえば、先に述べたように「放送産業からコンテンツ産業への構造転換」のための政策提言ということになる。
　些か(あるいは相当に)牽強付会に「あり懇・報告書」を読み解いてみた。冒頭に触れたように、ページを追って読むと混乱と矛盾が目に付くが、総体として構造的に読むと骨格はかなりハッキリしている。それ故に、この「報告書」に対して「乱暴だ」「無理解だ」という反論や「結局のところ破綻した」という評価は意味がない。また、民放に関する部分とNHKのそれとを切り分けて、「NHKは随分踏み込まれて大変だ」という感想も、それだけでは意味がない。それらは既得権擁護論の域を超えない。その程度の反論は「想定内」だろう。だからこそ、不本意ながら局地戦で折り合いを付けつつも、最終段階で「レイヤー対応規制」を取り込んだのだ。では、どの水準で「報告書」と向き合うべきか。

(10)　メディア論の不在
　(8)で述べたように、「報告書」のメディア認識は粗雑である。では、メディア論的対峙の仕方とは何か。以下は仮説である。

1. 放送は、記録より伝送が先行したメディアである。

2. その特性により「同時性」と「同報性」という機能を社会的に定着させることが出来た。

3. このようにして成立したマス媒体は、近代社会の基本要件である「共通の意識空間の形成」にとって不可欠である。

4. 国家は、放送の機能と能力を先見的に認識していたため、周波数監理という形式で放送免許を制度化した。これにより、周波数監理というハード規制で、情報編集責任者を特定する仕組みを取り込んだ。

5. 但し、民主主義原理は放送の国家管理を否定したため、周波数監理規制のなかで最小限の内容規制を選択した。

6. 一方、放送(特に、テレビ)は「時間のメディア」として、本質的に秩序化されざる情報を発信しうる。

7. 「融合論」はしばしば「メディアとコンテンツ」という課題提起をするが、テレビはこれに対して「メディアとメッセージ」と応える。それが、テレビ的問題設定だということだ。

8. だから、そもそも「レイヤー対応」という規制の仕組みは放送の存在根拠に関わる問題である。

9. 他方、新しく登場するメディアは、無人の荒野を行くように成長するわけではない。先行する諸メディアとの関係で自らのポジションを選択する(と、水越伸さんが指摘している)。

10. ここに三重の緊張関係が成立する。(1)メディアと政治、(2)制度化のベクトル、(3)情報産業論とメディアの存在理由。これらを、対他的緊張関係ではなく内在的緊張ととらえることが戦略の原点であろう。

11. しかし、本質論だけでは戦えない。一方では、柔軟にして強かな戦略戦術が必要だ。ダブルスタンダード、トリプルスタンダードを恐れてはいけない。だからこそ、原点が必要なのである。

12. 要するに、「融合状況」は確かに生成途上なのであって、これとどう向き合うかの問題である。局地戦で「融合論」を押し返したからといって、戦略的に展望があったわけではない。テレビが伝送路や端末の多様化・高機能化をどう取り込めるか、テレビの原点踏まえつつデジタル状況にこちらから踏み込むべきなのだ。

(11)　著作権問題について何を考えているのか不明。検討の視線から欠落？
　最後に、「報告書」と著作権問題の関係について触れておきたい。「コンテンツ産業への構想転換政策」論といったが、そうであればあるほど著作権問題についての認識が問われる。だが、「報告書」はIPマルチキャスト送信の著作権処理は有線放送と同様にすべきだということしか述べていない。これでは、著作権問題についてまともに考えているとは到底思えない。コンテンツ産業において、著作権(及びあるいは放送権)問題がアルファでありオメガであることに考えが及んでいないか、ひどく軽視しているのだろう。その一方で、「あり懇」では検討対象外だが「融合論」的発想からは、デジタルコンテンツのコピーガード問題が視聴者利益に反すると追及されている。「融合論」においては、著作権（知的財産権）に関する課題についての根本的な問題設定が出来ていない。少なくとも、「権利の保護」「権利の対価」「権利の制限」などについて、デジタルコンテンツ市場をまともに考えるならば、もう少し基本的な検討を踏まえるべきだ。知的財産権問題については、あらためて提起してみたい。しかし、こうした発想が「知的財産政略本部」にも共通のものであるとしたら、これはこれで問題だ。
　
　「あり懇・報告書」の読み方を書いてみたが、テキスト解読というのは難しい。結局のところ適当な整理感想に終わったようだ。この辺が現在の当方の実力ということだろう。「あり懇・報告書」の意図とズレていることも多分にあるだろう。しかし、書き手?の思惑を忖度するだけが読み方ではない。「何が書かれているか」より「どう読まれるか」の方が大事なこともある。こうした読み方から議論が生まれ、デジタル情報革命といわれる時代の中でのテレビのポジションが少しでも明らかになれば、それはそれで良いではないか。

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