TBSメディア総合研究所

No59．「109・コイズミ現象・デジタル」

2006.10.15

　
　週末に用事があって渋谷に出た。109のあたりには、いつもどおり10代から20代前半の女性たちが大勢行きかっている。穏やかな秋の休日だ。仮に教育基本法や憲法が改定され、戦後民主主義とは違う社会が出現したとしても、彼女たち(および彼女たちの予備軍)の生活スタイルが急変するとは思えない、そう感じさせる光景だった。この日常は、戦後という時代が生んだ傑作かもしれないなどと思いながら、通り過ぎた。
　それより2週間ほど前だったろうか、NHKスペシャル「東京カワイイ戦争」を観た。気に入ったものは全て「カワイイ」という言葉で表現してしまうのには憮然とするしかないが、そうした彼女たちを対象にしたアパレル産業の実情の一端を知って興味深かった。街の現場感覚を直接リサーチするマーケティング、徹底した多品種少量生産とコスト管理(例えば、1品種200着を海外縫製)、ネット販売、などなど。新商品をネットで発売したら、その5分後には携帯から注文があったというのにはチョッと驚いた。ネット社会は間違いなく成長している。デザイナーのコシノヒロコがDCブランド型のファッション界の代表として登場していたが、大御所という感じだった。相手にする年代や層が違うといえばそれまでだが、「カワイイ」群(テレビ業界的に言えば、TeenとF1)の迫力と比較されるのは酷な感じもした。番組では「カワイイ」型アパレルの国際的なショーも紹介されていて、日本のデザインは注目度が高いという。日本社会がポストモダンの典型といわれるのもなるほどネ、などと思ったものだった。いま、テレビディレクターの感覚がどの辺にあるのか実はよく分からない。が、経営レベルの認識がこの状況を的確にとらえているかどうか、些か不安だ。
　というようなことを、このメディアノートに書こうかと思っているときに、「テレビの罠/コイズミ現象を読みとく」(香山リカ/ちくま新書)を読んで、また考え込んでしまった。この前の総選挙で、「命がけで」郵政民営化を争点とし、「刺客現象」がマスメディアの注目を集め、結果としてコイズミは圧勝した。誰もが想定外の結果に呆然とした。メディア(特にテレビ)は、意識的にコイズミに加担したわけではなく、視聴者が見たいものに「善意」として応えただけなのだが、メディアの思惑を飛び越えて「コイズミ」のメッセージは間違いなく「人々」に届いていたという。その「人々」とは、ニートやフリーターであったり、あるいは「負け組み」「下流」である人々であり、彼らは「コイズミ」に一票を投じたであろうと分析されている。つまり、現代世界の構造は、株式市場の「美人投票論」(ケインズ)と同様、「誰もがその時の『多数派』を探すゲームに一喜一憂し」「一票を投じることで私もコイズミ気分」を期待するということだが(このあたりは、岩井克人氏の「資本主義と市民主義」と対比して読むと面白い･･･面白がっている場合ではないが)、そうだとすれば、「カワイイ」群の彼女たちもそのように投票することは十分ありうるのだ。
　そしてテレビにとって「少なくとも意識の上では、誰も何かをコントロールしようとは思っていない。それなのに、あたかもそこに『テレ権力』が存在するかのような流れができ上がり、誰もがそれに従って行動してしまう、そこに本質的な問題がある」と香山さんは言う。
　確かに、テレビはいまテレビというメディアをどうして良いのかが分からないところに来ている、と僕も思う。これは危険な状況だ。さらに、テレビ(あるいは映像メディア)は活字メディアに比べて情緒的だとされているが、ではネットはどうなのだろうか。様々なメディアの混在(多様化)は、人々にどのような意識形成をもたらすのか。しばしば「テレビは国民の共通の意識空間を形成するという点で、近代社会の必要条件だ」「免許事業としての放送は、身を捩るようにして、メディアの自立を求める」というようなことをここで書いて来たのだか、果たして本当はどうなのか。
　デジタル化とは、技術の問題や経営の問題、さらには「融合」の是非などの問題ではなく、というよりはそれらの全ての問題であるとともに、その根底としてテレビとは何かの問題である。109、コイズミ現象、そしてネット社会までの射程で、デジタルを考えなければならない。というような気分で、「東京大学・80年代地下文化論講義」(宮沢彰夫/白夜書房)を読み始めている。

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