TBSメディア総合研究所

No67．「技術の社会化／近代と現代」

2007.2.1

　「日本近代技術の形成・＜伝統＞と＜近代＞のダイナミクス」(中岡哲郎/朝日選書)を読んだ。技術がどのように社会化されていくかは、その技術が登場したときの社会的条件、特に先行して存在するその分野の技術との関係によるものだということが実証的に語られていて面白かった。日本が近代化のプロセスで、他の同時代の後発国のような植民地型の展開をしなかったのは、この技術の社会化のダイナミクスによるものなのだという。

近代技術発展の基本構造と現代技術。

(1)	技術そのものの進歩は直線的な性向が見られるとしても、それが社会(産業と生活)に展開する過程では、さまざまな工夫や屈折あり、それがいくつかの段階を経て定着していく。その際、在来の(あるいは、先行する)技術環境との関係は極めて重要である。技術の社会科の速度は、現代では比べようもなく異常な速さで展開しているが、この基本的構造は変わらない。
(2)	技術者はしばしば「技術は価値中立的である」という。だが、近代技術は国民国家生成期と期を一にして成長した。国家が技術に求めたものは、軍事と経済の国際競争力ある。おのずからナショナリズムと近代技術は不可分の関係を形成し、それが技術者のモチベーションを高めることになった。現在の戦後過程の見直し論を、国家の側からの危機意識の顕れと見るならば、それがＩＴ技術の社会化とどう関係するかについて敏感であるべきだ。
(3)	近代において、技術の社会化の過程で、国家の要請と市場の成長とは異なるベクトルが働くことかしばしばありうる。戦争は、結果としてそれを破壊的に調整する。それはあまりにも不条理だ。あるいは、資本主義経済の秘密は差異にある(岩井克人)とすれば、最終的な差異の追求は地球規模に至るのであって、その時技術はその根本を問い直されることになる。こうしたことを考えると、技術と国家、技術と市場を越える視点として「技術とは何か」という問いを問い続けることが、つまり技術について哲学することが必要なのだ。
(4)	その他。技術の社会化は、一国内の条件によるものではない。近代技術は技術の移転、交換、原材料・生産物の流通などの国際間の条件によりその方向が選択される。また、技術者の養成システムにおいて、どのような階層構成が成立するかということも、その国の技術の定着に密接に関わる。これらのテーゼもまた極めて現在的な論点である。

　アジアでなぜ日本が突出して急速な近代化に成功したかという研究や議論は数多くあり、「日本はアジアではなかった」という説さえある。この設問に対して昭和前期の「近代の超克」論争のように、近代化=欧米化という認識へのアンチテーゼも提起されたことがある。それが太平洋戦争のイデオロギーとして機能したかどうかも問われるが、少なくとも例えば竹内好の提示した「アジアとは何か」という問題意識は継承されるべきだし、その提示が敗戦で中断され棚上げされたことが現在のこの国の思想的空白につながっていることを、この本を読むことで考えさせられた。
　いま、IT革命という技術革新が「革命的」だといわれているが、そしてそれは確かにそういわれるだけの変化だと思うのだが、そこにどのような意味を読み取るかを少し考える必要がある。現在進行形のITやデジタルという技術革命も、この国の150年の近代化の進展というスパンで考え直したほうが良いのだ。さて、今は近代の中なのかそれとも近代は終焉したのか･･･。

　ところで、この本の著者中岡哲郎さんを初めて知ったのは、僕が学生の頃に「現代における思想と行動　挫折の内面を通してみた個人・運動・歴史」(三一新書)を読んだときだ。もう、半世紀近く前の話だ。中岡さんが、自分の学生時代の挫折の経験を考え抜いた記録だった。今も手元にあるその本は黄ばんで染みだらけになってしまったが、鉛筆、万年筆、赤字のボールペンなどの線が引かれていて、雑然とした書き込みがあちこちにある。何度も何度も繰り返し読んだ痕跡だ。そんなふうに本を読んだのはほとんど初めての経験だったと思う。考えるとはこういうことなのだということを教えられたのだった。いま、中岡さんに再び出会って、思考力の確かさに加えて実証の積み重ねという努力の素晴らしさに敬服している。

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