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メディア・ノート
    Maekawa Memo
No73.「『あるある』調査報告書」 2007.5.1

 遅ればせながら、「発掘!あるある大辞典」調査委員会の「調査報告書」を読んだ。150ページを超えるもので、法務・ジャーナリズム・メディア学・法学・メディアプロデュース、の5名の専門家により構成された調査チームとその下におかれた小委員会の作業が取りまとめられている。「大変よく出来ている報告書だ」(こういう場合に「よく出来ている」というのも戸惑いがあるが)と聞いていたが、確かに短期間で問題のありかと再発防止策、そして再生の基本課題が書き込まれている。
  調査チームの人選がどういう経緯で行われたかは知らないが、その構成がなかなか良いと思った。もし、関西テレビが直接この人たちに委嘱したのだとしたら、関西テレビはテレビ局として必要な感覚が失われていないと感じたのだが、どうなのだろうか。あるいは、委嘱された主査が関係者のアドバイスで人選したのかもしれない。関テレにはそれだけの余裕はなかったのではないだろうか。
  「報告書」は、メンバーが分担して書いたと思われるが、かえって各パートの色合いの違いの中に各委員の考えが率直に語られていてインパクトがある。「テレビメディアの現状と制作者のモラル」「捏造行為の事実関係と評価」「テレビ番組の制作構造と制作スタッフの意識」「放送法と局の責任」などに焦点が当られている。この「報告書」のベースにあるのは、厳しい評価と同時にテレビメディアへの期待、あるいは満たされるべき可能性への思いである。断罪で終わらせるのは容易であって、そうさせてはならないという調査委員のメッセージを読み取ることが、テレビに関わる人々の責任である。「このままでは、もはやテレビに期待するわけには行かない」という断言を留保したこと、そしてその「優しさ=厳しさ」をどう受け止めるか、それがテレビに問われている。
  最も興味深かったのは、再委託先の制作会社スタッフのモチベーションのあり方についてだった。テレビと言うメディアに関わる人間に課されているモラルの問題はいうまでもない。しかし、制作スタッフは聖職者ではないのだから、モラルそのものがモチベーションになりえない。そうだとすれば、制作と言う行為は何によって評価されるのかといえば、いうまでもなく「報酬」と「地位の向上」あるいは「名誉」等その世界での影響力の増加であろう。委託・再委託という制作構造の中で、いわゆる不祥事が起こりうるとすれば、規範やモラルを問うとともに、それらが意味を持つような環境が必要なのであり、そのためのモチベーションを担保する仕組を構築しなければならない。
  テレビ局制作の番組でも、多くの問題が発生している。それについては「プロとしてのモラルだけでなくスキルの問題だ」とこのメディアノートにも書いた。しかし、それと同時に、番組制作のモチベーションを高めることが、モラルやスキルを現実化させるためには欠かせないと言うことを、この報告書は教えてくれた。その意味で「良く出来ている」という感想を超えて、この「報告書」を読み取るべきである。そして、それこそが、ネットワーク社会の成長の中で、テレビが情報編集(ニュースであれ、エンタテイメントであれ)と情報流通の主体であり続けるために必要なことなのである。

  ところで、先日とテレビの現状をテーマにしたシンポジゥムにパネラーとして参加した。そこで、この「あるある問題」を直接の契機にした放送法改正に関する発言があり、「何故、テレビ局は放送法改正問題をニュースで取り上げないのか」という指摘があった。我が身に関わることを、自分のメディアでどう扱うかはなかなかデリケートな問題だが、率直に言って、このことはテレビの現在を考えるためには避けて通れない論点だと思う。まして、前回にも触れた「<戦前>の思考」という視点と「昭和史探索」に編まれている資料を読めば、時代か今どのような流れにあるのかは、メディア自身が考えなければならないことなのだ。もちろんそれは過去としての戦前への回帰ではなく、ありうるであろう<戦前>への転回である。「よく出来た報告書」といっている場合ではない。
  さてそれでは、何をしなければならないのか。デジタルや融合に追われているだけでは、テレビの可能性は見えてこないのである。



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