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メディア・ノート
    Maekawa Memo
No74.
「[コンテンツ政策検討状況と放送産業] 2006年度総括メモ(1)」
2007.5.15

  TBSメディア総研の年度報告を作成中である。この1年を眺めてみると、2006年度は「竹中懇」(通称「あり懇」ともいわれたが一部の関係者以外馴染まなかったようだ)に始まり、「あるある」で終わったといえるだろう。この二つの事象には直接の関係はないが、現在のテレビを考えるときにどちらも本質的な課題を提起しているのであって、その交点を探ることがとても大事なことだと思う。

  昨年6月に「竹中懇」の報告書が公表されたとき、放送事業者は懇談会設立の背景、論点の提示の仕方、メンバーの選定、非公開検討というありかた、などに関する様々な不信感や警戒心によって、極めてネガティブにそれを読み込んだ。確かに、懇談会の意図は、いわゆる「通信と放送の融合」を早期に実現することにあったことは間違いないし、そこから派生するIP再送信問題や水平分離論などに放送業界が強い懸念を持って対応したのである。この報告書が総務大臣の私的諮問機関でありながら、一方では取りまとめられた主な政策課題がそのまま政府与党合意ととなり、工程プログラムに実施時期が書き込まれたこと、また菅大臣懇と呼ばれる「ICT国際競争力懇談会」や「総合法体系に関する研究会」が課題継承の場としてスタートしたこと、他方ではこの報告書の論点が総務省以外の情報産業政策検討の場(経済財政諮問会議、知的財産戦略本部、経団連、等)の議論と深く関わっていることを考えると、その影響は相当に大きなものであったことが分かる(下図参照/既出の修正版)。



 しかしIP再送信問題の地域性は民間の判断に委ねられるべきこと、事業構造の垂直統合や基幹放送の概念の容認など放送事業者の要求が、報告書取りまとめの最終段階において一定程度反映された。それにより報告書としては木に竹を接いだような書きぶりになっているが、ということは、その影響力の大きさの中のこうした修正要素を積極的な意味として再読し、今後の戦略を考える手がかりとすることができるということなのだ。

 さて、図を仔細に見れば分かるように、その後の情報産業政策の検討のベクトルは、すべてコンテンツ流通市場の形成を焦点にしている。それは、ポスト工業社会の成長力をコンテンツ産業(知識産業・その代表的なものがIT分野)に期待するからであり、それは国際的にはソフトパワーの競争だという認識を背景にしているからだ。そしてその中心にあるのは、いうまでもなく著作権問題である。この点だけを具体的にいえば、これも「いわゆる」という言葉を使えば「市場主義(経産省型とでもいうべきか)融合政策」によるコンテンツ市場の早期形成という発想から、しばしば「コンテンツの中核は放送番組であり、その放送番組が放送という一次流通を超えて展開しないのは、第一に放送番組の著作権処理制度(一次固定型)に問題があると同時に、第二に(1)番組制作構造、(2)一次流通(免許制度)、(3)二次流通窓口、の全てにおいて放送事業者が一元的に支配している現行システムがコンテンツ市場形成の阻害要因であって、したがってこれらの改革が日本の経済成長と国際競争力強化の鍵になる」という主張になる。
 こうした認識の仕方には 粗雑さがあり、また政策手法としては相当に強引であるのだが、こうした流れが国の施策として力を持ちつつあることは否定できない。つまり、放送産業にとって損か得かという議論だけでは対応しきれないレベルに状況があるということである。では、市場主義ではない(総務省型とでもいうのだろうか)のコンテンツ政策は有効かといえば、こちらも「なるほど」というほど明確な対案が示されているわけではない。行政も錯綜した状況にあるのだろう。そう考えると、放送業界が主体的に対応するチャンスであるといえなくもない。
 旧来の行政手法では、利害関係者の意見聴聞とその調整で政策方針が選択されてきたのであり、その過程で放送事業者は「然るべく」意見表明を重ねてきた。こうした行政手法は、個別利害の総和が一般益(国益)だという考え方による。しかし、小泉内閣以後政治の方法は変った。それは官邸主導という現象だけではなく、利害調整型からテーマ設定型にシフトしている。帰納と演繹の違いといっても良い。この変化は、IT分野のように新興事業のエネルギーを有効に発展させるには格好の政策手法と考えてよい。だからこそ、ポスト工業社会の国益論が、例えば先行する放送事業をIT市場形成の阻害要因と位置づけようとする力が働きがちなのである。こうした状況は、私たちの判断にとって、一つの与件であると考えるべきなのだ。
 したがって、放送業界は単に利害関係についての主張だけではなく、一般益の観点から可能な限り客観的な論理を展開させなければならない。それは、前述の論点に関して言うならば「放送事業者として番組制作構造の合理なあり方を提示するとともに、権利者・制作会社との間の権利処理関係の透明性を担保する」など具体的論理的反論を示すべきことが求められているのである。それとともに、自己主張だけではなく、第三者の理解者による適切な発言を求める必要がある。そして、反論すべき相手(経産省であれ、「融合論」者であれ)との正対した議論を避けないことである。その意図を放送事業者もまともに受け止め、対抗論を提示する中からこれからの放送のあり方を見据えなければならないのである。誰が考えても、放送がこれからも今までどおりの業態で今後もあり続けるとは思わないだろう。私たちもそう考えるところから、全ては始まるのである。そうでない限り、放送業界は単なる既得権擁護業界として見られ、数少ないサポーターをも失うことになるであろう。情報分野の変化は日々激しいとはいえ、構造的な転換はそう容易ではない。何が進行しているのかの本質的考察を基にした状況への的確な対応から、放送の将来が見えてくるはずだ。
(続・次号)



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