TBSメディア総合研究所

No80．
[07夏のメディア断章]
・・・アキバ・「16世紀文化革命」・BPO・総合的法体系

2007.8.15

　メディアノートもNo80.になった。遡って拾い読みをしてみたが、毎回の出来不出来の差が大きい。観察力、思考力、表現力の不足を痛感している。それでもここまで継続してきたのだから、まだ続けてみようと思う。No80.を区切りとして、バックナンバー検索のスタイルを変えた。過去のものにどれほど興味を持って頂けるか分からないが、サブタイトル表示があったほうが良いと思うのでこうして見た。一度眺めて頂ければ幸いである。

　さて、最近のメディア的経験を幾つか書いておきたい。どれもそれなりにこのノートの独立したテーマになると思うけれど、とっておくと旬が過ぎてしまう。いずれまたもっと踏み込んで書くこともあると思う。

1. アキバツアー
　日本のポップカルチャーというのかオタク文化というのか、その中心といわれるアキバ（秋葉原）に行って見た(遅れてる!)。面白かった。ある観光会社が企画している「秋葉でガイドのメイドと行くウォーキングツアー」で“萌えるメイド店＆アキバ初体験ツアー”と銘打っている。ゲーマーズ本店（アニメ・ゲームなどの総合販売店）をスタートし（以下括弧内は知ってる人には不要の情報だ･･･）、ラジオ会館（ホビーの殿堂）、ロボット王国、おでん缶、中古PC店、メイドカフェ、ガチャポン会館(アキバ2800台の内350台がここにある)、お宝市場（フィギュア系）、そして昔ながらのラジオと無線の部品を扱っている一角、等など。多様さと拘りと珍奇さの混在した2時間余のツアーだった。（ココをクリック。写真にリンク。）
　炎天下を歩きながら思ったのだが、かつてのラジオと無線に嵌ったマニアックな感性は、デジタルとともにハードの世界では「場」を失ったが、アニメ感覚というソフトの場として息づいているような気がした。秋葉原という東京の一角は、つねに＜サブ＞とか＜ポップ＞という趣味的でアナログ的なものの集積場なのだろう。ただ、こうした世界とリアルな世界との区別のつけ方が昔と違う、というより区別が存在しないということなのだろう。それに特定のマニアではなく、層としてのオタクというのが決定的に違うように思える。ポストモダンを風景にするとこうなるのかもしれない。メイドスタイルで案内してくれたガイドは、個々の店の情報に詳しいのは当然だとしても、この街の変遷やポップ系文化の流れも心得ていて(これも当たり前か?)、会話も中々のレベルで感心した。

2. 「16世紀文化革命」
　「16世紀文化革命(上下)」（山本義隆/みすず書房）を読んだ。17世紀の西欧の科学革命を先導したのは、人文主義のルネッサンスではなく、職人や医者の世界における実験と観察、商人社会の算術などの発達による技術と文化の創出であり、それをラテン語という知の支配層の言語ではなく、俗語（現在の各国の国語の母体）で出版し、広く知を解放したことによるものだ、という。前著「磁力と重力の発見」に続く科学史であり、理系に弱い者にとってもとても興味深く読めた。
　そして、これは優れたメディア論でもある。かつて「グーテンベルクの印刷機とインターネットはどっちが革命的か」という議論(というより与太話)をしたことがある。思いのほかグーテンベルク派が多かったのだが、この本を読むと「なるほどね」と思った。政治であれ、経済であれ、そして知の世界であれ、革命とは確かに特定の存在による囲い込みからの解放によって起こる構造変化なのだ。しかし、著者によれば16世紀文化革命によってひとたび解放された知は、国民国家の成立過程で新たな支配者になるブルジョアジーとそれが指導権を掌握した国家の支配するところになり、再びエリートのための知へと回収されていく。そして、技術の革命がもたらした近代科学は自然への畏怖を忘れて攻撃的となり、核の開発に典型的に見られるような環境破壊に至っているという。
　さてところで、テレビはその生成の過程で情報の公開性と文化の大衆化の面で、先行する活字やフィルムを乗り越え、圧倒的な情報メディアの地位を構築した。しかし、いまメディアの世界で、テレビはスコラ哲学や人文主義のように、起こりつつある変化に対して排他的になっていないだろうか。メディア企業としての経営意思とテレビメディアの本質とをつき合わせてみることが大切なのだ。

3. BPO
＜あるある問題＞を契機に機能を強化したBPO(放送倫理・番組向上機構)にとって、最初の審理案件であった＜みのもんたの朝ズバッ!＞についての判断を示した。判断の形式は「見解」であって「勧告」ではなかった(審理と審議、見解と勧告の関係はBPOのホームページに掲載されている「委員会決定第1号」で解説されている)。TBSの番組が対象であるが、この「決定第1号」の重要性を認識しておく必要がある。放送番組内容について公権力(立法・行政のみならず司法の裁量)から独立して審理し判断することの意味は、限りなく大きい。公権力は、独立機関としてのBPOの判断に介在するべきではない(もちろん、BPOの判断に対して訴訟という異議申し立てはある)。しかし、同時にBPOの判断の積み重ねの中で、判断主体としてのBPOの信頼が確立される。そのためには、対象とされた番組関係者や放送局がBPO判断を尊重し、BPOの自立性を支えることがきわめて重要なのである(それ故に、BPOの審議・審理は厳しさが求められる)。
　BPOが指摘した制作上の欠陥、倫理的欠落について、どう受け止めどう対処するか、行政上の処分のような強制力はないのだから、逆に一層その重さを知らなければならない。それが私たちになければ、BPOの自立は成立しない。新BPOも放送局も第一歩を歩み出した。その一歩こそ検証されなければならないのだ。

4. 「総合的法体系」反芻
　前回は「反省」だったが、今回は「反芻」である。
　放送業界の利害とは別に、報告書としての問題点を指摘しておきたい。
　「中間取りまとめ」は前提として、「デジタル化の進展と放送政策の在り方に関する調査研究会」の考え方にある「(放送とブロードバンド通信は)一方が他方を完全に代替するという関係ではなく、各々その特徴を持ったメディァとして発展し、相互の特徴を活かし合って、相乗効果を発揮していくことが期待される関係にある」という見解を踏まえている、とされている(同様の認識は、昨年の情報通信審議会の「地上デジタル放送の利活用の在り方と普及に向けての行政の果たすべき役割」の第3次中間答申にも示されている)。それにもかかわらず、全体としては、こうした観点からの論理展開は希薄である(例:「オールIP化」･･･放送はインターネットプロトコールではない)。つまり、「融合」の概念規定が不明確なため、前提となるべき論理構成と「融合至上主義」的発想(乃至は思い込み)がない交ぜの「取りまとめ」となっている。全ては、この一点、すなわち「法体系の構築において『融合とは何か』」を明確に論点化すること」から始まる。もちろんこれは「反融合至上主義」ということではない。
　そして、もう一つ「メディア」という語も概念規定が必要だろう。一般的な用語として、私たちは勿論多くの人がメディアという言葉を使っている。しかしそれは、法の用語として媒体なのか行為なのか、それともそうではない新たな意味があるのか、判然としないままに「メディア化」という言葉が登場する。「融合」とともに肝心のキーワードが曖昧なのは問題だ。委員会の委員は、みなそれぞれに優れた学者研究者であるのに、どうしてこういう雑駁なとりまとめが通ってしまったのか不思議である。「法体系の話で、個別の立法ではない。大きな考え方が示されればそれで良い」ということなのだろうか。しかし、体系はやはり思想のあり方を示すものだと思うのだ。
　そのほか、「安心安全」という発想で情報規制をすることの正当性について十分な議論があったのか、それを一般法ではなく情報法として位置付けることの合理的根拠は何なのか、などなど。関係者ヒアリングが設定されているとはいえ、多角的な議論のための場と時間が足りないとしか思えない。

　かくして8月のメディア状況は過ぎていこうとしている。暑いのは気象現象だけではない。

バックナンバー一覧へ>>