TBS-MRI TBSメディア総合研究所
home
メディア・ノート
    Maekawa Memo
No94.
「メディアの<時空>/ロートレック展を観て考えたこと」
2008.3.15

 ロートレック展を観てきた
 絵画に格別の趣味があるわけではない。どちらかといえば、絵や音よりも文字がないと困る方だ。ディレクターとして大成しなかったわけだ。ただ、写真は好きだ。また、旅先で時間があれば、海外でもその地の美術館に行くことはある。そういうときに出会う絵や工芸品に打たれることがある。しかし、その作品のディテールを仔細に鑑賞する根気というか注意力というか、拘りに欠ける。
 それでも好きな画家や作品はある。例えば、北斎の版画は凄いと思う。堀田善衛をよく読んだこともあってゴヤは気になるし、マドリッドに行ったときにピカソの「ゲルニカ」を観られなかったことが心残りだった。そんな取り止めのない興味の持ち方だが、ロートレックはとても好きだ。美術史に詳しいわけではないが、印象派がモダンアートに与えたインパクトは大きい。絵画を超えてアール・ヌーボーと呼ばれる表現様式が生まれる背景には印象派の絵画がある。ロートレックはその過渡期の画家だったのだろう。ポスターという媒体=メディアを一つのジャンルとして認知させたことは、ロートレックの才能と結びついているように思える。ロートレックの表現力が開花した時期は、写真や映画など新しい表現技術が登場しようとしていた時代であり、後にベンヤミンが「複製技術の時代」として捉えた時代の始まりでもあった。
 会場で見たポスターは、ポスターというからにはそれなりの大きさがあって当たり前なのだが、やはり「大きさ」という迫力があったのに感心した。看板という感じだ。これが、劇場の入り口に飾られていたのだろうが、パリの街のアチコチに貼られていたとしても不思議ではない感じがする。絵画がその「一点限り」を主張する作品(アウラの存在)から、あるイメージを流通させる媒体(=イメージの商品化)に変ろうとしていたのだろう。そう考えると、およそ1世紀を経て社会を覆いつくそうとしている、デジタル映像という「物流と完全に独立した情報流通」の端緒は、ロートレックにより始まったということになるのかもしれない。
 それにしても、19世紀末というのは刺戟的なことが次々と起こっている。ロートレックがポスター制作を始めたとされる1890年はどういう年だったのだろうか。「情報の歴史」(監修・松岡正剛 構成・編集工学研究所/NTT出版)のその年のページを開くと、以下のことが同時的に、あるいは連鎖的に起こっていることが記録されている。
   ゴッホ自殺
   アメリカインディアンの最後の組織的抵抗であるスー族の戦いが敗退
   欧米各地で始めてのメーデー
   ビスマルク下野
   東京-横浜間で電話交換開始
   豊田佐吉、人力織機を発明
   浅草十二階と帝国ホテル開業
   第1回帝国議会

 ランダムにメモをしても興味が惹かれることはこのくらいある。ここから毎年ページを繰れば、ロートレックが36歳で死んだ1901年までのおよそ10年間にも実にさまざまなことが記録されている。「情報の歴史」の中から気になるものを拾って見よう(もちろん、どの10年でも近代はさまざまなことが重層的に起こっていて、時代とともにその多発性は頻度を増している)。

1891年  
■ 第1回「国際印象派展」(仏) ■ ドイツ社会民主党エルフルト綱領採択
■ シベリア鉄道着工(露) ■ マーラー「第1交響楽」(墺)
■ ストロージャー式自動電話交換機(米) ■ 天然色写真法完成(仏)
■ コナン・ドイル「ボヘミヤ殺人事件」
シャーロック・ホームズ人気(英)
 
1892年  
■ ミュンヘン分離派結成(独) ■ ヘンリー・フォードが始て自動車テスト(米)
■ クロポトキン「パンの略取」(露) ■ 「万朝報」創刊(日)
1893年  
■ ムンク「叫び」 ■ エジソンが活動写真を発明(米)
■ 東学等の乱(朝)  
1894年  
■ 日清戦争 ■ 北村透谷自殺
■ ドレフュス事件(仏) ■ ブラッセルの工芸博覧会の家具様式に「アール・ヌーボー」の名称
■ 第1回全米オープンゴルフ ■ ベルの特許切れで電話競争拡大(米)
1895年  
■ マルコーニ無線電信開発(伊) ■ リュミエール兄弟シネマトグラフ上映(仏)
■ 樋口一葉「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」  
1896年  
■ 放射能の発見(仏) ■ チェーホフ「かもめ」(露)
■ 逓信省無線通信研究開始(日) ■ プレイガイド開店(米・シカゴ)
1897年  
■ 電子の確認(英) ■ クリムト中心にウィーン分離派結成(墺)
■ ブラウンが”ブラウン管”を発明(独) ■ ミュシャ世紀末ポスター制作(仏)
1898年  
■ 戊戍の変(清) ■ 岡倉天心「日本美術院」創立
■ キュリー夫人ラジウム発見 ■ テレグラフォン(蓄音電話機)制作(独)
■ モスクワ芸術座創設  
1899年  
■ 犯罪者識別に指紋分類法提唱される(英) ■ ダイアル式自動電話交換機完成(米)
■ 義和団事件(清) ■ ヘディン中央アジア探検
1900年  
■ フロイト「夢判断」(墺) ■ パリ万国博で初のトーキー映画上映
■ マルコーニ国際海上通信社設立(英) ■ ミシュランの案内書刊行
■ ツェッペリン1号建造(独) ■ ニューヨークで映画館大当たり
■ 日本で公衆電話登場  
1901年  
■ ピカソの最初の展覧会・青の時代の始り ■ ド・フリーズの「突然変異説」(蘭)
■ 電気掃除機の発明(英) ■ 田中正造の直訴と幸徳秋水の「廿世紀の怪物帝国主義」
■ マルコーニが大西洋横断無線通信(米) ■ トンプソンが雑誌広告の代理店業開始(米)

 この事象の羅列にどういう意味があるのだろうかとも思うが、それぞれの連関が時代を形成しているということだけは言えるだろう。世紀末にこだわるわけではない。しかし、それはキリスト教文明による区切りの付け方だとは言え、その西欧文明が世界を支配しようとしていた状況では、こうした事象が大きな意味を持つのもやむをえないだろう。近代とはヨーロッパ文明の世界化の時代なのだ。それは、技術の進歩と市場の発展と情報の拡張と武力の優位と、そしてそれらの矛盾の顕在化した時代であり、それは今=現代の基本的枠組みを構成した時代なのだ。ポストモダンの意味はモダンの意味との関係で語られなければならない。ロートレックという、「イメージの商品化」という過渡期に生きた画家についての興味の原点は、そこにあるように思える。
 では、20世紀末はどういう時代だったのだろう。ポストモダンとよばれる時代がモダンと拮抗する概念なのかどうか定かでないようだが、つまりポストモダンもモダンの内かどうかということだが、いずれにせよ<IT革命>と<冷戦構造の解体>は極めて大きな構造的変化であり、その変化を例えばロートレックのポスターのように象徴する事象は何なのだろう。それがポップカルチャーと呼ばれるアニメーションやゲーム、そしてケイタイ小説などなのだろうか。
 前回までのテレビ論的思考との関係で言えば、1968年の意味を考えるための比較メディア史(時間的・空間的)というのは、面白そうだ。
 それにしても「情報の歴史」という本は、眺めているだけで、実にいろいろな思いが沸き起こり、興味が尽きない。凄い編集力だ。

 



TBS Media Research Institute Inc.