TBSメディア総合研究所

No96．
[『表現する』ということについての断章]
・・・横尾忠則氏のポスターと映画「靖国」

2008.4.15

　少し日付を遡るが、3月26日の朝日新聞に「ポスター差し替え・怒る横尾忠則さん」という記事が掲載されている｡高校美術の教科書に載せる予定だった横尾さん作成の「暗黒舞踏派提携記念講演」（主催・土方巽氏等/1965年）のポスターの中に、「私の娘展示即売繪場」という文字が書き込まれていて、これが「健全な情操の育成の配慮を欠いている」という意見が検定で付され、差替えられることになったという。横尾さんは「作品は芸術家にとってある種の子供」で「舞踏(という生の表現様式)を講演会場で売るという意味。それも読み取れないのは想像力の貧困」と語っている｡()内は筆者註。
　横尾忠則も土方巽も60年代から70年代にかけて、異端の表現者として注目されていた。当時、「ヤング720」という番組のスタッフだった僕には懐かしい名前だ｡この番組のことを憶えている中高年の人たちも多いだろう｡VTR収録だったが、朝からGS(グループサウンズ)が登場し、様々な流行を先取りして紹介する番組だった｡テレビで最初に星占いを始めたのもこの番組だと思う｡当時の朝の時間帯としては衝撃的な番組編成だった｡そのスタッフの中に驚嘆するほど感度の良い女性ディレクターがいて、ビートルズに注目したのも早かったが、寺山修司やコシノ・ジュンコを番組に登場させたのも、そして情報発信が新宿から渋谷へ変りつつあると見抜いたのも彼女だった｡そのディレクターが、横尾忠則に興味を示したのは当然だったし、実際スタジオに引っ張り出したはずだ｡
　＜戦後的＞なものから＜戦後･後的＞なものへの変化の時代だった。その変化は、こうしたポップ感覚に象徴されていた｡僕が横尾さんに会ったのはそれから後、何かの番組タイトル画の作成を依頼しにお宅を訪ねた時だったと思う｡その頃横尾さんは仕事の中心を油絵作品にしていた時期で、残念ながら実現しなかった｡
　いま、IT革命といわれる時代に、日本のポップカルチャーが世界で評価されているという。「クールジャパン」の政策化が語られる時に、ポップは政治や産業の言葉になっている｡マンガ、アニメ、ゲーム、コスプレ、などなど。ポップは、いつの時代でも登場した時には異端とか反逆的などと言われながら若者たちを捉えていくうちに、「変なものが流行り始めた」と思われるような社会現象となり、風俗として認知されていく｡1965年の横尾忠則の作品は、ポップを認知させた幾つかの代表的現象の一つだろう｡教師たちは、そういうことも含めて教材として使えばよいのである｡そのポスターの教科書掲載を拒む感覚と、「世界に通用する日本のポップ」を政策化しようとすることとは無縁ではないように思われる｡「あれは文科省のアタマが硬いからで、われわれIT政策担当者は、国際的にものを見ている」というのかもしれないが、作品をコンテンツといい、産業振興のための商品流通の対象としてしか考えてないとすれば、たいした違いはない｡そこには、表現というものが持つインパクトをどう認識するかということが希薄なのだ｡ポップなものでも、最初は時代を敏感に捉える優れた感性の先行者がいるのである。教科書検定や産業振興に表現者はどう関わるか、著作権処理の問題や「表現の自由は憲法で保障されている」というようなレベルを超えて考えることが必要なのだ｡「表現行為」とは、法により保障されるべきものというより、それ以前の人間の存在そのものに関わる、いわば自然権的なものである。そして、一人の表現者がその時代と向き合う時にどのような表現様式をとるかということも、表現者の存在理由になるのであろう｡

そう考えると、表現に関する最近のもう一つの問題、映画「靖国」について触れないわけには行かない｡「靖国」の上映中止を巡る議論は、新聞紙上などで取り上げられているので、既に良く知られているだろう｡ここでは、この問題の論点をノートしておくことにする｡

(1)	映画という表現様式は、映画館という空間の確保があって成立する｡従って、上映を中止すべきではないという意見は、どのように空間=場所を確保するかというテーマに踏み込まざるを得ない｡そのための方法は何かが問われている｡
(2)	「公費による助成が適当な作品か」という疑問?から、別途の試写会が開かれたことによりこの問題が顕在化したのだが、その「疑問」自体が「上映のあり方に関わる」という認識があったかどうか｡なかったとすればそのような政治感覚に疑問があり、あったとすれば、その後の展開はその想定の範囲ということになる｡
(3)	こうした点について、メディアの側はどういう認識だったのだろう｡そこに問題はなかったか｡
(4)	4月10日の朝日新聞文化欄で寺脇研氏(元文化庁文化部長)は「厳正に中立を保ち、常に賛否両論に配慮するとしたら、そんな映画が人の心を打つだろうか」「もし、政治的に中立性が疑われる映画に対して公費助成を禁ずるなら、それはそもそも、映画に限らず芸術文化作品に直接助成すること自体を不可能にする」と指摘している｡また、作品への直接助成のあり方に関連して、上映館の提供などを含む映画界全体への間接助成という考え方も示している｡まことに尤もな見解だ｡
(5)	上映の場を保障することこそが、表現者を育成するとともに、開かれた<文化政策>として国の果たすべきことである。それこそ「クールジャパン」の基点である。国として「公共圏」を形成するとはそういういうことなのだ｡日本のポップカルチャーを世界に通用させるためには、文化の多様性を認める(というよりそれを前提とする)柔軟な<感性>は、政治的あるいは経済的行為に先行すべきであるという洞察力が必要なのだ｡
(6)	表現行為は、政治とも産業とも錯綜しながら様々なベクトルに晒される。真空状態での自立はありえない｡
(7)	幾つかの映画館は上映に踏み切るという｡「観る」ということも「表現の自由」を構成しているのである。

　かくして、「表現の自由」は理念としてだけはなく、上映空間＝物理的な場の確保という極めて具体的な形として示されなければならないことが明らかになりつつあるといえるだろう｡さて、テレビジョンにとって「表現の自由」の具体性とは、如何なるものであるのだろうか｡

＊その後、取材された刀匠が、撮影部分の削除を求めるなどの動きがある｡事態は益々複雑化しているが、表現者と取材対象者と上映・鑑賞の関係、表現と政治の関係、などの基本問題からこの問題を考えるべきであり、メディアはその視点から伝えるべきだ｡

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