TBSメディア総合研究所

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メディア・ノート

No97．
[ガラパゴス・ポストモダン・近代の超克]

2008.5.1

(1)	メディアのことを考えるということは、何よりも情報技術の発展(多くの場合「革命的」という形容詞がつくが)の意味を考えということでもある。技術とは、近代という時代を形成する大きな要因であり、その典型はグーテンベルグの印刷機であろう。ラテン語ではなく、地域の俗語で印刷された文書が広まる中で「国語」として成立していく過程は、近代国家の形成過程と同時進行である。近代国家が「想像の共同体」(ベネディクト・アンダーソン)と呼ばれる所以である。
(2)	現在進行中の情報技術の局面は、デジタル処理とインターネットの結合ということだろうが、それはグーテンベルグの印刷機がもたらした<古典的・近代>?という構造を解体しつつあるように見える(メディアの歴史の中での新聞・ラジオ・写真・映画・テレビの位置づけは、それぞれに重要!)。こうした解体過程は、冷戦構造の崩壊や、市場のグローバル化、ポスト・コロニアル、などなどの様々な構造変化のベクトルと絡みあいながら進行している。メディアの現在的状況を思想的に読み取ろうとすれば、その基点は1960年代後半のフランス現代思想の登場とアメリカ西海岸のコンピュータ技術の解放的展開にあると考えられる(例えば、東浩紀氏の考察など)。ポスと・モダンという思想的な展開(ポップな文化現象を含めて)とネットワーク社会の成長をセットで考える必要がある。
(3)	こうした問題意識から現在の日本のメディア状況を眺めると、最近言われる「ガラパゴス」現象はどう理解するべきかという論点が浮かんでくる。マンガ、アニメ、コスプレ、ゲーム、モバイル・インターネット、テレビの1セグ視聴、ケータイ小説…それらは「世界に誇るポップカルチャー」であると同時に、まさに特異な発展系として「ガラパゴス的」だといえるだろう。日本で進行中のこうした現象は、おそらくポストモダンの社会的進行の典型ではないかということだ。何故こうなったのだろう。
(4)	第一に、敗戦後の占領体制とその延長にある日米安保体制下で、経済発展に国家規模のエネルギーを集中させてきた結果、経済的成長と社会的成熟が同義語化したこと。第二に、その経済的成熟が、戦後前半期の政治的緊張感を失わせたこと(左翼の解体)。これらにより、生産より消費行為が人々の存在理由になり、それが現在は情報消費として現象していること。第三に、急速な都市集中化により共同体型あるいは家族型コミュニケーションが崩壊したこと。第四に、日本の情報技術のレベルが極めて精緻なシステムと製品を生み出すことを可能にしたこと。その他色々あるだろうし、他国にも似たような状況があるだろう。しかし、こうした現象がこの国で突出しているということは確からしい。「東京ほどエキサイティングな場所はない。来るたびに何かが変化している」と、とあるアメリカ人が言っていたのは、バブルの頃だった。思えばこの傾向はどこか鎖国時代の江戸文化に共通するように思える。つまり、ガラパゴス化とは江戸化ともいえそうだ。
(5)	さてそうであるとして、ポストモダンとはモダンの内なのそれとも外なりか。そもそもモダンとは何か。資本主義と国民国家がモダンの条件だとすれば、ポストモダンもモダンの内だから、その意味では後期モダンとでも言うべきなのだろうか。その一方で、「西欧の没落」(シュペングラー)やアバンギャルド芸術の登場は、ポストモダンの先駆なのかもしれない。では、モダン/ポストモダンは何時から始まったのか・・・などなどを考えると、日本のポストモダンは二重化されていることが見えてくる(当然だ)。それは、世界史レベルでいう近代(反近代との関係を含む)と日本の近代化の関係である。近代化とは西欧化だとすれば、日本の近代化=西欧化は反西欧というもう一つのベクトルと常に背中合わせの関係だった。アジアの近代化とはそういうもの、竹内好的に言うならば「抵抗を軸にした近代化」なのだろう。そういう日本の近代化(それを特殊日本的というかどうかは別にして…「近代による超克」ハルトゥーニアン)は、ポストモダン化と無縁だとは思えない。
(6)	1942年(昭和17年)、太平洋戦争開戦直後に「近代の超克」というシンポジゥムが開かれている。西欧近代を如何に乗り越えるかというテーマで、当時の一級の知識人たちが参加している。京都学派といわれる歴史哲学的認識や、「文学界」系や「日本浪漫派」系の（乱暴に言ってしまえば）美意識によって近代を超克すべきだ、という視点が入り混じって、というよりは論点が拡散したまま進行する座談である。大東亜戦争(と当時は呼ばれていた)は米英との開戦で、西欧近代を乗り越えるという新たな命題を持つに至ったというのが、そこに参加した多くの論者の主張である。その時の日本の知識層の認識はそういうものだったのだろう。この座談についての解説を読むうちに、そこには抵抗と挫折と諦観と止揚の相克の結果であるようにも読める｡明治維新以来の近代主義(富国強兵もマルクス主義も)とナショナリズム(大アジア主義も農本主義も)などなどが混在したまま、日米戦争下で「近代の超克」というテーマで問題を<止揚>しようとしていたように見える。1945年の敗戦という現実によって、こうした思考は粉砕され、雲散霧消してしまったかのようだが、では何故こうした議論が「思想課題」として成立しえたのか。ただの時流迎合とかイデオロギー政策の一環だったとは思えない。
(7)	日本のポストモダンを考えることが、日本のモダン(近代)を考えることと切断されていて良いはずはない。例えば、「近代の超克」に色濃くあるロマン主義は、戦後の急速な経済成長と消費社会成立の中で、全く拭い去られたのだろうか｡そうだとしても、心情としてのロマン的感情は60年の間も、それが意識的かどうかは別にして、地下水流のように継続していると考えてよい。根拠を喪失したロマン的感情は何処に向かうのだろう｡その間の国家論の不在のつけが、例えば靖国問題を巡って顕在化している。「二度目はファルス(笑劇)」というが、笑っているわけにも行かない。そのあたりがとても気になって、同時にそれとメディア論との関係が見えなくて、手元にある本を再読し始めたところだ。
(8)	「近代の超克」(河上徹太郎、他・富山房百科文庫1979年)、「近代の超克」(竹内好・前掲書所収1959年)、「日本浪漫派批判序説」(橋川文三・未来社　1960)、「<近代の超克>論-昭和思想史への断想-」(廣松渉・朝日出版1980年)、「<戦前>の思考」(柄谷行人・文藝春秋　1994年)、「日本浪漫派批判序説」(橋川文三・未来社　1960)。
(9)	関連する本として、「日本近代思想批判」(子安宣邦・岩波現代文庫　2003年)、「竹内好という問」(孫歌・岩波書店　2005年)、「近代による超克」(H.ハルトゥーニアン・岩波書店　2007年)などが書棚にあって、再読を待っている。また、「日本語と日本思想-本居宣長・西田幾太郎・三上章・柄谷行人-」(浅利誠・藤原書店　2008年)や大著?「ナショナリズム」(大澤正幸・講談社　2007年)は机に積んだままある。面白そうだが、疲れそうだ。
(10)	<近代と日本>あるいは<日本の近代化>というテーマは、ここに挙げた本の出版時期を見ても分かるように、その時々に極めて現在的なものとして提起されている。近代の反語あるいは底流としてのロマン主義は、近代の宿痾のように思える。それは、僕にとってどういう意識として関係しているのだろうか。
(11)	そしてまた、ポップなクリエイターたちにとって、どのような関係(感覚と方法)として立ち現れるのであろうか。さらに、「表現の自由」という近代的原理、「(情報の)安全・安心」という現代的問題設定、「環境管理型権力」という認識などとどういう説点があるのだろうか。
(12)	乱暴に言えば、日本のメディア状況の「ガラパゴス」現象と「靖国問題」は通底しているのではないか、ということだ。直感的には通底しているという思いはあるのだが、その交点は何処だろうか。ポストモダンとは言い換えれば、近代の超克になるのである。
(13)	この作業の最大の難問は、僕の感性の年齢だ。現在のポップなものに接する機会も減っているが、何によりもそれを受け止める感性があるはずがない。そうなれば、第一次情報に限界がある。それでも、「気になること」を少しずつ確かめて行きたいと思っている。
(14)	この走り書きのようなメモは、どこかで破綻しているのかもしれないとも思うが、いまメディアを考えるための「軸」を設定するための問題意識はここにあるのである。

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　ところで、このメディアノートは5年目に入った。TBSメディア総研ホームページへのアクセス数の変化は下図の通りで、確かに増加傾向を読み取ることが出来る。「継続は力」ということなのだろうか。論文発表でもなく、必ずしもジャーナリスティックでもなく、個人的なエッセイまがいのノートをどういう人が読んで下さっているのか良く分からないが、読んで頂けるということに感謝。

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