TBSメディア総合研究所

No99．
[広告を考える]

2008.6.1

　雑誌「広告批評」が休刊する。その一方で、テレビのスポットが落ち込んでいるという。今期に入って関東地区の投下量は前年比で80%～90%だそうだ。識者?たちの中には、「マス媒体の終焉」という意見が強い。それも、「前からそう言っていたでしょ!」というトーンだ。その一方で、書店には広告に関する本がズラリと並んでいる。穿った見方をすれば、Googleなどのネット広告の伸びが、CMのあり方の新たな研究を求めていることの反映ということなのかもしれない。
　かつて、1980年代に入った頃だっただろうか、「少衆分衆論」が登場し、その後「多品種少量生産」というコピーの時代もあった。渋谷のパルコの壁画が都市の情報発信のシンボルになり、ウォークマンで音楽を聴きながら町を歩くと景色が違って見えるといわれたものだ。イメージの商品化が定着した時代であり、ポストモダンがもてはやされていた。テレビはそうした変化にそれなりに対応し、広告媒体としてもマーケティング手法を改革して、その後に来るバブルとバブルの崩壊の中でマス媒体の主役であり続けてきた。
　現在進行中の広告の変化は、それとどう違うのだろうか。「インターネットが普及すれば、テレビは絵の出る照明器具になる」といわれたことがある。90年代中頃のことだった。僕がネットとテレビの関係を本当に考え始めたのは、その頃のことだろう。そのことを、その後このノートに「入れ子構造論という仮説」として書いた(No41.2006.1.15.)。テレビジョンというメディアが何であり、いまそれはどのようなポジションにいるのかということは、IT革命や融合論の中で、いまだ充分に明らかにされていない。それを明らかにするのは、テレビに関わる者の仕事である。「テレビジョンに未来はあるか」という問に“Yes!”と答えるためにこそ、現在進行中の変化の根本を確かめる必要がある。
　テレビスポットが落ち込んでいるからといって、それがそっくりネット広告費に振り向けられているということではないようだ。そうだとすると、広告出稿する側(広告主=クライアントという言葉は最近使われずに、アドバタイザーというそうだ)は、「何を・どう告知したいのか」、そしてコスト効率としてその効果を「どう評価するのか」、そういったことを彼らもまた模索しているのかもしれない。その意味では、インターネットの登場による情報環境の変化は、確かにテレビ登場以来のこの50年ほどの間の、最も大きな構造的な変化であると考えてよい。だから、「前からそう言っていたでしょ!」というのは、半分はその通りだ。だが、その発言が予見として正しいかどうかではなく、何を意味するのかということでいうならば、「それがどうした」と言えば良い。その答えは、繰り返しになるが、彼らではなく、テレビの側が見つけるしかないのだ。
　ただ、それはメディアの変化や企業の側の宣伝費や販促費の割り振りを分析すれば見えてくるものではないだろう。何故ならば、「構造的」とはそうした変化のさらに根っこで進行している何かがあるのであり、したがってその「何か」と「現象」との関係を考えることが必要だからである。
　では、「何か」をどのような目線で捉えるべきだろう。一つのヒントは、前回触れた「思想地図」voL.1(東浩紀・北田暁大編/NHKブックス別巻)が、「特集・日本」としてナショナリズムと並んで、”イマーゴポリティクス”をテーマ取り上げていることだ。”イマーゴポリティクス”という聞きなれない言葉は、"ジオポリティクス=地政学"からの連想として<イメージ政治学>という意味で使われている。そこでは、若手の研究者たちが「日本のポップカルチャーが、"日本"という国のイメージ形成にどのように関わっているか」について、アジアとの関係を一つの軸として考察している。ページを繰りながら思うのは、ポストモダンは一時の流行で過去のものになったのではなく、今まさに実態としてのポストモダンが「構造的な」変化を伴いながら進行しているのではないか、ということだ。ということは、人々(特に、若年層)の意識の変化が、様々な近代のシステムの幅に収まらないところに差し掛かっているということであろう。例えば、オタクはその行為を文化として認定されること自体を拒否しているという考察は、戸惑いを覚えるほど思いもよらぬ発見だ（もちろん、言われてみれば、そうであろうとも思うのだが）。その一方で、「思想地図」では、国家の存在要件を「想像の共同体ではなく、暴力を独占する仕組」と認識する国家論(萱野稔人)や「方法としてのナショナリズム」(中島岳志)などが交錯する共同討議も掲載されている。その幅はほとんど僕の問題意識に重なる。
　つまり、「マス媒体の終焉」かどうかという問題は、広告宣伝費や販促費がどのメディアに流れて行くかという、メディア経営としては極め重要な戦略的経営問題であると同時に、広告提供者は今の世の中で何を伝えたいのか、それはどう受け止められるかという、社会的文化的問題として考えなければならないということだ。そのことは、メディア自身が発信する情報(番組)が、ネットとの関係で問われている構造と同じではないだろうか。そうであるとして、それではネット広告の表現がどのようなものであるのかは、まだ模索の中にあるのであろう。映像、音響、画面の大きさ、キャッチコピーのあり方、など、情報量と表現方法は、ネットというメディア特性がどのように社会に受容されていくかによる。すぐれたマス広告が文化であったように、ネットCMは文化としての独自性を持ちうるのか、それともネット上の膨大な情報流通の断片（データベース）であることを選択するのか。そして、テレビとテレビCMはどのような未来を選びうるのか。キャッチコピー風に言うならば、「テレビはテレビを乗り越えることでテレビ足り得る」ということになる｡それを、経営的にいえば「放送外ビジネスの拡張」であるし、メディア論的にいえば「あらゆる情報端末にテレビ情報を!」ということだろう。危機であればこそ本当の可能性が見えるはずだし、見出さなければならないのである。

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