
No121.
[シンポジゥム”岐路に立つテレビ-ピンチをチャンスにどう対応するか-”]
-その時、その場で何を言うかは、とても大事なことなのだ- |
2009.5.1 |
NHK放送文化研究所主催のシンポジゥム”岐路に立つテレビ-ピンチとチャンスにどう対応するか-”にパネラーとして参加した。他のパネラーは、堺屋太一氏、竹中平蔵氏、総務省山川情報流通局長、北海道テレビ樋泉常務、NHK金田専務理事。
テーマは三つ。(1)テレビ広告の急速な低下をどう見るか、(2)地デジ完全移行のために、受信機普及や集合住宅対応工事の遅れをどう見るか、(3)放送の社会貢献をどう考えるか。各テーマについて、文研のアンケート調査の結果が示されてから議論に入る仕組だったが、特に(1),(2)についてはなかなか厳しい数字が示されていて、放送事業者(ぼくは民放を代表する立場ではないのだが)としては些か難渋する設定だった。もちろん、それは打ち合わせ段階で承知していたことではある。
質疑の中の発言なので、多少のズレや言い足りないことがあるのは止むを得ない。しかし、このノートを読んで下さる方には、前川発言要旨についてそれなりの整理と補足をしておこうと思う。それが、出し遅れの証文か、後出しジャンケンかは、シンポジュウムに参加した人が判断するだろう。その時、その場で何を言うかはまことに難しい。
□ |
最初に「テレビとインターネットの入れ子構造」(下図1)という自説をパワーポイントで説明し、ぼくの考え方の基本を示した(下図2)。その上で、議論の中で以下の趣旨の発言をした。 |
(1) テレビ広告
「テレビ広告の落ち込みは、循環要因即ち経済不況による広告出稿の低下と、構造要因即ちマス媒体からネット広告へ、という二つの理由がある。現在の状況は主として前者による。しかし、こうした状況を展望すれば、これからのテレビ広告のテーマは、あらためてテレビ媒体の特性が何かをテレビ局自身が明確に認識することである。その上で、クライアントの信用を確保しつつ、ネット広告との連動を目指す、クロスマーケティングが必要だ。テレビ情報が多様なメディア展開をしていく過程で、総合的な情報力を測定する新たな指標を開発することも課題である。」
(2) 地デジ完全移行=アナログ終了
(このテーマについては、時間の関係で受信機普及問題は省略され、集合住宅共同受信問題について、山川氏による総務省方針が説明された)。
「(それを受ける形で)アナログ終了についていくつかの困難な課題があること、それによりアナログ終了の延期という意見があることは承知している。しかし、いま私たちの立場は、どうすれば2011年にデジタル完全移行を実現できるかを考えることである。そのためには、この地上テレビ放送のデジタル化の政策目的は何かという原点を、ここでもう一度確認することが必要だ。それがないと、視聴者、利用者にきちんとした説明が出来ない。今はその最後のチャンスである。地デジは、第一に放送と通信の関係を密にすることで相乗効果を高める、第二に地上放送のデジタル化による空き周波数を新規参入者が利用することで、情報産業の活性化がもたらされる、こうしたことにより社会的、経済的利益がもたらされる。これは直接的にデジタル受信機購入の動機にはならないだろうが、こうした政策目的をここでもう一度明らかにしないと、アナログ終了の基本スタンスが定まらないし、きちんとした説明も出来ないだろう。」
(3) 放送の地域的・社会的貢献
(このテーマについては、樋泉氏から実態的なプレゼンテーションがあり、その後でテレビの機能というテーマに広げた議論になった)
総合的法体系について事業者意見抜きの議論のまま進行したので、割って入らざるを得なかった。「コンテンツレイヤーの規制において、コンテンツ規制による免許、あるいは情報内容規制が最も危惧される」とだけ指摘した。
将来のネット社会におけるテレビについては、「(入れ子構造論を基に)インターネットはテレビの最良の友、あらゆる情報端末にテレビ情報を、というのがテレビの基本戦略だ」という考えを述べた。
■ まとめ
最後に、各パネラーにまとめのコメントを求められたので、「デジタルにより情報享受は時間の制約から開放されたというが、人間が時間の制約から解放されたわけではない。そこに、時間のメディアとしてのテレビの可能性がある。しかし、その反面メディアが多様化すればするほど、社会の共通の意識空間(『想像の共同体』)を形成する手段としてのマスメディアを政治が求めるだろう。そこでメディアの自立とは何かが問われるだろう」と述べた。
こんな風に整理してしゃべったわけではないし、他にも色々発言した。多角的(乱反射的?)なパネルであり、記憶を基に書いているので正確でない部分もあるが、概ねこのようなものだったと思う。
一つ補足すれば、堺屋太一氏は、終始「放送業界は最後に残った55年体制であり、護送船団型の業界だ。広告ビジネスモデルは崩壊した。今後は有料放送の成長が重要なテーマである。」という観点に立って発言していた。「最後の55年体制」という認識はこちらにもある。このノートでもそのように書いた記憶がある。しかし、問題はこちら=放送業界が自らそれをどう変えていくのかであって、その答えを他人に出して貰う訳にはいかないということである。
そのための論点は二つある。一つは、広告モデルに変わる番組(コンテンツ)の再生産構造を如何に構築するかということであり、それへの提言がなければ不毛の議論になりかねないということだ。有料モデルが取って代わるとは、現状ではとても思えない。この議論は、「ハリウッド不在」の中での情報産業を同展望するかというテーマに繋がる。第二は、経済行動としての放送局経営という枠を超えた目線で、55年体制下の社会とメディアの関係を見ることだ。そこでは、80年代以前と以後のテレビのあり方の見直しが必要であり、またもう一つ大きくみれば、東京一極集中という全体的状況の中での情報社会との関係で語られるべきである、ということだ。この二つの論点が大事だということを確認したことが、今回のシンポジゥム参加の僅かな成果である。こうした論点を含む切り替えしを、その時その場でしておかなければならない。そうした点でも、こちらの力量が試される時代なのだと思う。
それにしても、こうしたシンポジゥムの意味は何処にあるのだろう。企画としては、放送の現状に放送内部から鋭く切り込むという意図はあったのだろうが、そのための問題設定が適切だったとは思えない。進行する状況を捉え返すためには、企画者が放送をメディアとしてどう認識しているかという問題意識が問われるのだが、それがあまりにも「状況的」であり、基本的な視点に曖昧さあるいは軽さがあったのではないかと思う。パネラーの視点の相異はあって当然なのだが、それをどう包括するか(キレイにまとめるという事ではない)ということにおいて成功したとは思えない。徒労の感が残った3時間だった。
|