TBSメディア総合研究所

No125．
[やっぱり気になる免許と認定]
-総合的法体系<答申・案>について-

2009.7.1

　「通信と放送の総合的法体系に関する検討委員会」の<答申・案「通信・放送の総合的法体系の在り方」>が公表された。現在は、これに対するパブリックコメントの公募の段階であり、それへの対応を経て「答申」ということになるが、この<答申・案>の内容がほぼ「答申」になるであろう。この<答申・案>の論理構成や内容についての全体的な評価は別に触れる機会もあろうが、ここでは放送の側から見た基本的な問題だけを簡単に述べておきたい。

　「総合的法体系」の検討は、日本の情報産業、特にコンテンツ産業の振興を目的としている。「日本に何故タイムワーナーのようなメディアコングロマリットが成立しないのか」(当時の竹中総務大臣)という問題意識からスタートし、それが政府与党合意となり、「骨太の方針」に書き込まれ、あわせていわゆる「工程表」に至ったものである。その過程で、「融合とは、分かり易くいえば放送コンテンツを通信で配信することだ」(中村伊知哉氏)という見方が登場し、それが「融合政策」のキーワードとして一般的に受け止められていると考えてよいだろう。流石に、インターネットが普及すれば放送は要らない、という論者は影を潜めつつある。尤も、最近の若者のテレビ離れやマス広告の落ち込みにより、再び放送凋落論が再燃しつつあるが、それはまた別の論点として考えなければならない。
　さて、今回の<答申・案>は、こうしたメディア産業振興という目的に有効な提言になっているだろうか。

[1]	放送から見れば、放送コンテンツを通信で配信することについてそもそも何らかの規制があったわけではないし、「放送凋落」と言われる背景にある状況に対応するために、「放送の多角的展開」として必須の経営課題である。この<答申・案>による法体系が具体化されたとして、それが放送コンテンツの通信への配信を一気に加速させるとは思えない。何よりも、法整備を待っているなどという悠長な選択はありえない。
[2]	確かに、放送用周波数を通信目的に使用することが容認されることになり、無線によるコンテンツ配信は一定の新規事業開発の可能性があるといえる。しかし、その場合でも、既存のネット市場のシステムを利用することとの費用対効果の関係が前提になるであろうから、即効性のある制度かどうか事業的視点からの検討が必要だろう。
[3]	それよりも、タイムワーナー型メディアコングロマリットを形成することを政策的に意図するならば、同一地域の地上波とケーブル(CATV+インターネット)の事業統合を容認することが必要であると考えられるが、その規制は緩和されていない。
[4]	また、地上放送の地域免許制度については、｢具体的な要望があれば…選択的に拡大｣の「実現可能性等について検討」と書かれているものの、地上放送の構造を公共性と産業的展望との両面から踏み込んで考えるという提言はない。放送普及基本計画や「あまねく努力義務」は現行のままである。また、地上波の全国4波化政策は制度上規定されたものではないが、地域間格差の是正も引き続き地上放送の役割とされている。地上放送の産業構造の規制緩和乃至は産業振興のための一つの重要検討課題がそのまま残されてしまったことになる。
[5]	地域免許と地方局の経営基盤、チャンネル格差是正、そして言論の多様性の確保の関係は、実体的にも理念的にも極めて複雑な状況におかれているので、容易に解決策を見つけられないのだが、少なくとも「総合的法体系」という以上は、そのための論点と課題を示すべきではなかったか。敢えて危うい議論に踏み込むことを承知で言えば、「事業者の要望」に逃避した取りまとめである。
[6]	放送は、伝送設備については現行の電波法を機軸とした伝送設備規律による免許を受け、事業については放送関連4法を大括りしたコンテンツ規律による認定を受けるとされている。その一方で、現行法制の包括的規律は新たな法体系でも変わらないとした上で、放送の概念は維持され、放送という名称もそのまま使用されている。放送の施設設置と放送の業務を一致させるか分離するかは事業者の選択とされている (事業の垂直統合の容認)。つまり、既存事業者の立場は維持されるとことになるのだが、そもそも伝送と編集(編成)の一致というのは、放送事業者が原則として主張してきたことである。それと引き換えの形で、コンテンツ規律による認定制が導入されたと読むのは深読みが過ぎるのかどうか。実態的には、現在でも再免許の際に編集についてのヒアリングは行われていたとはいえ、免許と認定の二重構造化(制度的なハード・ソフトの分離)は、行政の(強いていえば政治の)介入の可能性を制度化したといえる。
[7]	ところで、<答申・案>において電気通信役務(電気通信設備を他人の通信の用に供するサービス)を業とする場合は伝送サービス規律によるとしているが、放送(公衆によって直接受信されることを目的とした無線通信の送信)はコンテンツ規律による事業認定となり、総合的法体系の検討の出発点であった「レイヤー型の発想」に混乱が生じているではないか。即ち、伝送サービスついては現行の電気通信事業法をもとに事業の認定を行うとするならば、放送についても同じ「伝送サービスレイヤー」の規律において認定されることにしないと法体系上整合性に欠けるのではないか。事業法の位置付けが、通信と放送で異なることになる。
[8]	別の視点から見れば、通信(電気通信役務)と放送は、「答申・案」そのものにおいて異なる概念としているのだから、それを共通のレイヤーで規律しようとすることにそもそも無理があったと考えられる。そうだとすれば、放送は電波法による施設免許とする現行法制のほうが合理的ではないか。
[9]	コンテンツ規律は事業認定基準ではなく、あくまでも番組編集に関する法的規律であるべきだ。そうでないと、国として保障すべき「言論表現の自由」との関係、即ち憲法との関係が不透明になる。それは、法体系の不整合を超える問題である。
[10]	ここまでに述べたいくつかの問題は、検討委員会としても相応に認識されたためであろうか、レイヤー化というテーマは検討委員会の検討過程で後退し、レイヤーという概念も文言も影を潜めてしまっている。そうであるとして、大括りが想定されている放送関連法は事業法なのかコンテンツ法なのか。もちろん、事業認定の際の基準としてコンテンツ規律があるということであろうが、そうなると(繰り返しになるが)、コンテンツ=番組への行政(&政治)の関与の可能性は制度としても大きくなると考えてよい。
[11]	以上のように、「答申・案」が示すコンテンツ規律のあり方は、「制度による自由の保障」が一段階危うくなるということであり、こうした規制体系の下で、放送が「行政(&政治)の介入」を排除して自立した行動を実現するためには、自らの行為に拠らなければならないことを意味している。それはいうまでもなく、自主規制の強化や政治力への依存ではなく、言論機関あるいは表現行為の主体性という、制度がどうであれ構築しなければならない放送事業者としての基本原則によるものでなければならない。放送事業者はこのことを強く意識しなければならない。
[12]	現行放送法は民間放送設立と不可分の関係にあるという背景があり、それを考えると、「放送法」という法律は民放のための法であるともいえる。民間放送の成立は、戦後民主主義の一つの象徴であるとすれば、その根拠は既に失われたのかそれとも有効なのか、そのことが「総合的法体系」の検討において問われていたはずだ。<答申・案>でコンテンツ(=番組)規律は、現行放送法の規定を前提としているのだから、当然民主主義原理の有効性を認めているのである。それにも拘らず、免許と認定の二重構造化を導入するということは、理念と実態の乖離になるのではないか。
[13]	いうまでもなく、民主主義とは常に自らをレビューすることで成立する。情報に関する法体系も、戦後民主主義のレビューを回避してはならない。そうしたリスク、即ち放送が何を根拠に社会的に機能しているかということ、そのことこそ「総合的法体系」検討の前提であるべきだと思う。それが不在のまま事態は進行している。放送事業者、特に民放関係者が自ら検証するべきであり、時代がそれを求めている。
[14]	NHKについては免許と認定による双方の事業を行うこと、放送外事業については放送を目的とした特殊法人であることを前提とすることなどか示されているが、NHKのあり方そのものについては触れられていない。現行放送法は、NHKに関する規定が骨格をなし、民放(一般放送事業者)についての条項は、放送大学の次に位置づけられている。この関係をどうするのか。産業振興という観点からは、法の構成上、民間主体の体系であるべきだという考え方は妥当かどうか、その検証も必要である。
[15]	「総合的法体系」がそもそも目指していた(と思われる)、制度上の通信と放送の完全な融合(レイヤー化)は、制度設計上、一挙にそれを実現するのは困難であることを承知しつつ、しかし「政府与党合意」「骨太の方針」「工程表」に縛られる立場の行政としては、可能な範囲での「総合性」を目指したのであろう。そのなかで、上記のコンテンツ規律による認定の他に、放送・有線放送の重大事故の報告義務等に関するの規定の整備、あるいは技術基準に違反した場合の改善命令などの措置の整備など、一定の規制権限の「強化」を取り込んだとすれば、それはそれでなかなかの手腕である。
[16]	番組規律に関して、ショッピング番組の扱いについての提言があるが、それ自体は放送番組のあり方としてそれなりに議論の対象になりうるとしても、「総合的法体系」の論点かといえば、些か疑問だ。「日本においてタイムワーナーを成立させる」という問題意識から始まった作業のとりまとめとしては、問題点の軽重・濃淡が混乱していないか。答申の品位に関わるように思える。
[17]	「通信・放送の総合的法体系の在り方」の「答申・案」は、いわゆる「メディアサービス」のコンテンツ規制は別途の法的対応としたこともあり(それは表現の自由との関係で当然といえるのだが)、内容の大半は放送関連4法案を大括り化し、事業認定基準としてのコンテンツ規律として整備することに費やされている。タイムワーナーは見えず、「レイヤー化」は消え、大山鳴動して鼠一匹のようにも見えるが、鼠が象に、あるいはモンスターに化けることを想定しないわけにはいかない。検討委員会の委員も行政の担当者も「そんなつもりはない」というであろうが、法は「つもり」で機能するものではない。法は、常に法に関わる様々な力関係で運用されるのである。だからこそ、法の「理念」が重要なのである。
[18]	民放連は、答申の前段階における<取りまとめの方向性>が免許と認定の二重構造化を示したことに懸念を示しつつ、「垂直統合型事業」が容認されたこと、メディアサービス概念を「放送」という名称で規定したこと、などについて民放の意向が受け入れられたとして一定の評価をしている。業界とは常に現実的な対応を求められるのだから、メディア状況を巡る様々な力学の中で、総体としての利害を考えればそのような選択もないわけではない。しかし、免許と認定という二重構造は、メディアの自立という<原則>に関わる問題である。いま、どのような意思を明確にするのか、そしてそれを公にし、且つそれをどのように記録しておくかは、今後の放送のあり方にとって極めて重要な意味を持つものと考えられる。
[19]	地上放送事業者は、自らを制度上の「基幹放送」と位置づけることを選ばなかった。それは、規制の網の中に取り込まれることを拒否するという意味で当然の選択である。しかし、私たちの中に、地上放送はある種のメンバーシップ制の世界だと思う意識はなかっただろうか。会員登録をしてしまえば身分保障が得られると思うのは怠惰である。そうした安定的秩序が揺らいでいることへの危機感が欠如しているとすれば、それこそが<危機>なのである。放送の機能と役割は、メディア環境の中で自らのポジションを自助努力で構築し続けることにより社会的に認知されるのだ。
[20]	メディア技術の革命的変化の中で、放送は様々な力学の中で「自ら変わる」ことが求められている。外から、例えば「融合論的」な政策により「変えさせられる」のではなく、デジタルとインターネットにどのように踏み込み、それによりどのように放送の周縁を取り込むかということである。あえていうならば、それは「伝統的な放送」を如何に<見切るか>を見極めることでもある。そう考えない限り、「放送の可能性」が見えてこないのだ。
[21]	しかし、それは自立したジャーナリズム、表現主体であること、そのことを常に捉え返す精神を放棄することではない。この複眼の思想を自らに問うことこそが、今の私たちにとって最も必要なテーマなのである。

　「総合的法体系」を巡る様々な議論や思惑を超えて、「答申・案」が提起した問題、あるいはそこに欠落している問題の根本を考えると、そこには深い深淵があるのである。

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