TBSメディア総合研究所

No129．
[総合的法体系と日本版FCC]

2009.9.1

　「情報通信法の見直しと新政権で期待される融合ビジネス」というシンポジゥムにパネラーとして参加した。「通信・放送の総合的な法体系に関する検討委員会」(主査　長谷部恭男)が取りまとめた「答申案」について、担当の総務省谷脇課長が、その背景、意味、構造などについて講演し、そのあと議論に入った。登壇者は、谷脇氏の他、NHK編成局鈴木祐司氏(この春までNHK放送文化研究所)、ソフトバンク社長室長嶋聡氏、(株)日立製作所メディア関連担当部長織田稔之氏、司会は慶応大学中村伊知哉氏。尚、同答申案は8月26日に正式に答申された。
　焦点は、「答申案」の評価とそれにより期待される情報産業への効果、といったところだったが、私は少し違う角度から発言した。発言の採録だけではわかりにくいと思うので、補筆訂正するとともに、関連する放送法の条文などを加えて、発言の趣旨を記しておきたい。もちろん、その場で分かり易く発言するのがパネラーの役割だから、当日参加された方はわかり難いまま帰ることになってしまって申し訳ない。

[I]　「答申案」の最重要論点

資料1

資料2

放送法第一条
この法律は、左に掲げる原則に従って、放送を公共の福祉に適合するように律し、その健全な発達を図ることを目的とする。

	1.	放送が、国民に最大限普及されて、その効用をもたらすこと。
	2.	放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること。
	3.	放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。

資料3

放送法第三条
放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され。又は規律されることはない。
第三条の二第１項
放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たっては、次の号の定めるところによらなければならない。

	1.	公安及び善良な風俗を害しないこと
	2.	政治的に公平であること
	3.	報道は事実をまげないですること。
	4.	意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

「総合的法体系」についての私の関心は、当初から終始放送免許、規制の問題にある。その他のことは、もちろん関心がないわけではないが、最大の論点はこれだと思う。
　さて、問題は免許・認定のあり方である。
　答申案には放送の新しい定義が記されていて、そこには「公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信」とある。放送法では「無線」と定義されていたのが、「電気通信」に変更されている。この放送の定義の変更あるいは拡張(電気通信役務利用放送の定義の適用)の意味は、きちんと書き込むべきだと思った。「そんなことは読み取れるでしょ」ということかもしれないが、やはりこういうことはきちんと書かれるべきだ。
　ところで、冒頭の講演で谷脇課長が「放送法というのは大変崇高な理念を掲げた法律だ」という発言があったが、まことにそのとおりだと思う。「総合的法体系」においても、放送法の理念を守るのは当然である(資料2参照)。その上で、放送法第三条(資料3参照)の「番組編集の自由」は特に重要だ。答申案において「国民の利益」という観点が示されているが、こうした「理念型」の法律の存在を考える際に重要だと思うのは、国民の利益には、「消費者利益」といわゆる「市民としての利益」があり、それぞれの物差しが違うということだ。後者の重要性は、産業振興や消費者の利便性の議論の中で埋没する惧れがある。
　今度の「答申案」では、無線局についての施設免許と放送事業を開始する手続きが分離され、事業開始はコンテンツ規律により認定するとされている。つまり、施設の設置と事業の開始について、別々の行政手続きになるということだが、これについて答申案では(現行の)手続きを「振り分ける」としている。つまり、新たな手続きや規律は設けないという意味だと解釈されている。しかし、問題は現行の体系で電波法により委任されている免許行為の外に、事業認定が括りだされるということだ。
　総合的法体系において、現行の「放送局開設の根本基準」がどういう内容、位置づけになるのかわからないが、仮にこれにより事業認定が行われるとすると、「放送局開設の根本基準」第三条の四(これは放送法第三条の二と同じ規定だが、「次に掲げる事項に適合する(下線・引用者)ものでなければならない」という強い表現になっている)による審査の直接性が明示的になり、同項の拘束性が強まるとも読める。つまり、「適合しない場合」という事態を想定しうるということである。そうだとすると、「法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることはない」という放送法三条の規定と整合を取るために、あらたな規制根拠の法的措置が講じられることもないとも限らない。放送法第三条の二は、倫理規定であるというのが学説上有力であり、またそうであるべきだと考えるが、コンテンツ規律による事業開始手続きにおいて「放送局開設の根本基準」が具体的な規制条項として機能するのではないか。現行の電波法-放送法体系は所有規制が基本であって、行為規制ではない。しかし、このように設備免許と事業認定が分かれることにより、事業認定はコンテンツ規律による直接規制とする形になっている。放送法の理念、そして「番組編集の自由」との関係がどうなるのか強く懸念される。こうした原理的な問題には、限りなく敏感であるべきだ。それが市民的利益(この場合は「知る権利」)の確保というものである。規制はやはり最小化すべきである(放送法第三条の二の「政治的公平」は撤廃されても良いという考えもある)。総務省は規制を強めるつもりはないというが、「つもりはない」ということの法制化、制度化が不可欠だと思う。
　因みに、放送分野への通信などからの新規参入者も原則的にはこうした規制の対象になると考えられるが、その人たちにとってこうした規制は初めての経験であろう。放送、特に地上放送事業者が、何と向き合ってきたか、総合的法体系の何が問題なのか、このことを彼らにも考えてほしいと思う。

[II]　ローカル局関連
　(この後、「設備を持たない放送事業者の容認は、ローカル局にメリットがあるのではないか」という提起があり、「直接的には考えにくい。デジタル投資もすんでしまっている。また、答申案では放送対象地域の見直しについて「具体的要望があれば」検討を行うと書いてあるが、現状では事業者から具体的要望は出ないのではないか。地上放送の産業構造をどうするのかについて、答申案は不透明だ。しかし、ローカル局の統合・再編問題についての議論に踏み込む時期に来ている」とコメント。)

[III]　日本版FCC(独立行政委員会)
　(民主党政策集=INDEXに「日本版FCC」の設置が提言されている)

資料4

　そもそも独立機関というが、これはいったい何から独立しているのか。政治からか。しかし、これはやはり政府機関であろう。そうだとすると、何が独立性なのか。
　理念的に考えれば、メディア行政は独立していたほうがいいのだろう。しかし、例えばその機関の人事権はどうなるのかなど、具体的なことを詰めていかないと、独立性の実態が見えてこない。

この機関がやることは、例えば、
1.免許･認定/市場形成・競争促進･規制緩和
2.技術基準・周波数監理
3.紛争処理
4.事業監督・規制

　などだろう。今の行政形態の何がよくなくて、その独立機関を何故作ったほうがいいのかをきちんと議論しないといけない。産業振興とメディア規制、視聴者利益と市民的利益などについてどういう観点に立つのか。政府機関と完全に独立させるなら、メディアの規律についてはBPOのように政府機関とは別個に放送をきちんと(専門的・客観的に）評価する仕組みが必要だ。放送法にある「自律」とはそういうことではないのか。メディア行政の機関についての議論を避ける必要はないが、その場合、特にメディアの規律という観点に立てば、BPOという独立機関を（制度の傘の下におかずに）強化することが一番重要なことだ。
(これを受けて中村伊知哉氏が「(日本版FCCは)結局BPO潰しになる。危険な発想。」と発言)

□

　それにしても、と思うのだが、法とは規範であって、その効力は運用する「力」による。したがって、その「力」の根拠は何か、その形式が重要なのだ。行政法の運用=権力の行使の当事者である政府機関に透明性が求められる理由もここにある。言論に関する規制は最小化されるべきであり、それゆえにその規律は『自律=責任』を原則とする。放送事業者はメディア環境の変化の中で、放送メディアの将来について産業的・経営的にどのような選択をするかを迫られているが、メディアの規制と規律について自ら問ことを忘却・放棄・喪失してはならない。。

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