TBSメディア総合研究所

No134．
[テレビの<進化>とテレビの<危機>]
-民放大会・パネルディスカッションがディスカスしなかったこと-

2009.11.15

　民放大会(10月27日・東京国際フォーラム)に参加した。例年、大会前日には系列ごとの会議や懇親会が企画されているため、大会当日の午前中の企画の参加者も多いのだろう。大会式典の前に行われたシンポジゥムもほぼ満席だった。この数年のメディア関連のシンポジゥムやセミナーは、いわゆる「融合」問題がテーマになることが多く、放送側から登場する発言者は<守旧派=既得権擁護論>という役回りになるため(放送業界の変革を意図して発言したとしてもだ)、ある種の図式にはまりがちである。私自身も、そういう立場に何度か立たされたことがある。民放主催だとどういう展開になるのか、その点に興味があった。
　テーマは「テレビは如何に進化するか？～視聴者とテレビの未来を探る」。語られたのは、「テレビの進化」ではなく、「テレビの危機」だった。
　コーディネーターは音好宏・上智大学教授、パネリストは電通総研奥律哉シニア・メディア・ディレクター、日本アドバタイザーズ協会小林昭専務理事、月尾嘉男東大名誉教授、中山裕香子野村総合研究所上級コンサルタント、テレビ東京島田昌幸社長。
(以下は、その場のメモによる要旨で、発言者の確認は取っていない。「私はこのように聞いた」ということである。)

■　各パネラーの冒頭発言
	奥	放送事業者の認識している家庭のメディア環境と実態が乖離しているのではないか。例えば、29才以下の単身世帯の端末普及はTV=89.1％,PC=77.6％,ケータイ=97.4％。PCはこれ以下の世代では普及はさらに低下している。また、ケータイは屋外のモバイルとして利用されているのではなく(特に、女性では)屋内でワンセグ視聴に利用されている。テレビ事業者は、テレビはネットに侵食さていると思い、そのネットはPCだと思っているようだが、そうではない。この違いは1976年生まれの｢76世代」と10年後の「86世代」で大きい。では、テレビ接触率が減少しているかといえば、[固定TV+PC+ワンセグ]というテレビ接触の合計は変わっていない。

	小林	4つの論点を示したい、(1)視聴率はこれでよいのか=マルチチャンネル受信可能デバイスが登場したことで、個人データが重要。(2)CMの入れ方はこれで良いのか=「結果はCMの後で」型への不満、(3)番組の類似化・同質化に疑念、(4)テレビ経営の危機は深刻。具体的には後で述べる。

	中山	メディア・ビジネスの変化に対して、欧米のテレビがどう対応しているかについてレポートする。放送は各国で視聴者に効果的に情報を伝えるという役割があり(時にはプロパガンダ的機能を持つ)、各国独自の構造を形成してきた。しかし、現在は放送も世界的な転換期だと思う。アメリカでは、テレビ広告費は減少傾向にあり、ネット広告費が成長している。テレビの中では、地上波ネットワークのスポットが低下、ケーブルの広告費が上昇と対照的。ケーブルの番組調達費は5年間で2倍に伸びている。これを収入に転化するために、ケーブルはSTB機能によるターゲット広告が可能なので、視聴者の条件別CMセールスに努めてきた。また、VODサービスを有料から無料=CMに切り替えている。これに対して、テレビネットワークは、無料動画サイトのHULUへ配信(CM収入)することで対応しようとしている(ABC,NBC,FOX　CBSは独自にTV.com)。YouTubeの違法配信によりネット上のテレビコンテンツ視聴が実体化したが、これは誰の収入にもならないため、テレビ局は合法的仕組みを自ら立ち上げることを選んだ。一方、イギリスはネットによるキャッチアップ(見逃し対応)サービスが中心(BBC以外はCM収入)。アメリカとの違いは、アメリカは垂直的産業構造だか、イギリスはそうした構造ではないので、水平=時差サービス付加の方が合理的だということである。チャンネル5などはオフライン・ダウンロードも行っている。

	月尾	「優良番組推進会議」(広告出向社26社など41社)を組織して、視聴率とは違うランキング評価を行っている。海外でテレビを見ていると日本のようにタレント出演して情報を扱うような番組はない。日本は番組面でもガラパゴス化状況だ。これは、視聴者のミスリードにつながる。

	島田	何よりもいま必要なことは、テレビの立ち位置を確認することだ。現在の厳しい経営環境において、制作費の削減と訴求率の向上を両立させなければならない。(テレビ離れといわれる現象に対して)影響力と信頼性を持続するために、視聴者目線が重要である。

(以下、第2ラウンド以後の議論)
	小林	テレビは視聴者を捉えていない。[番組の類型化]は視聴者志向とは思えない(ATP賞贈賞式に参加したが、すばらしい番組がたくさんあった)。[CMの入れ方]問題も、視聴者の移行に反している。

	奥	76世代はPC・ネット世代だが、86世代にはテレビ回帰が見られる。

	中山	動画視聴時間が増加しているということは、タイムシフト型によりテレビのコンテンツパワーを活用できる。

	月尾	ローカル局は独自性を発揮すべきだ。5つのネットワークが類似番組を放送し、ローカルがそれをそのまま放送していては、放送は死滅する。多様性こそ生き延びる条件だ。

	小林	マス広告型ビジネスモデルは限界だ。ビジネスモデルに50年間変化がない中で、テレビの媒体価値は下がった。ネット広告は自由度が高い(広告主・ユーザーとも)。提供感のないタイムセールスは意味がない。視聴率とスポットの相関性も見直す必要がある。

	奥	ユーザー目線とは何か。(1)視聴率よりもHUTの低下が問題である。HUTが下がるということは、視聴者が他のメディアに逃げているということだ。(2)[CMの入れ方=山場CM]は視聴者はやめて欲しいと思っている。50年間続いた、<5局編成>が行き詰ったということ。(3)しかし、マスメディアは「知らない人々」に情報を提供することが出来る。リーチ力と動機付けはマスメディアに依るしかない。ネットがマスメディアを求める。また、単独者としてのユーザーは孤独に耐えられない。テレビは共通情報チャンネルだ。(有料-広告については)ビジネスモデルは多様化する。YouTubeは海賊型として無料の領域を広げた。この領域に放送を前提としたリリース(HULU型)を考えるべき。

　この議論の中で、島田社長は視聴者目線の大切さや信頼性の構築などについて繰り返し発言していた。テレビ局経営者として誠実に丁寧に対応していたと思う。特に、「何を伝えたいかが重要」というコメントはそれこそ重要だと思うし、もっと強調してよかった。その上で、以下のような論点が不透明だったと思った。パネルディスカッションというのは、しばしばそうであるように、なかなかディスカッションにならないのである。今回のシンポジゥムでも、他のパネリストの専門職的指摘に対応するためには、民放のパネリストもこうした幅広の問題提起に相応の踏み込んだ切り替えしが必要なのであって、それを社長という立場に求めるのは無理があったのではないか。では、どういう立場の人が適当かといえば、ウーンと唸らざるを得ない。このことは後で触れる。
　語られるべきは「民放テレビの危機は、本当はどこにあるのか」だった。パネルのなかからいくつかのチェックポイントをあげておくことにする。

1.民放の事業構造の危機
	「マス媒体モデルは限界」「視聴率よりHUTの低下が問題」ということがその通りだとして、いまそれが指摘されるのは、経済環境の急速な悪化(循環要因)により構造的問題が加速度的に顕わになったのであって、むしろ問題が見えやすくなったと考えた方が良いであろう。テレビが相対的に(場合によっては圧倒的に)強い影響力を持ちうることは、BPOの調査(“デジタル・ネイティブ”はテレビをどう見ているか)でも示されている。それにもかかわらずテレビCMの落ち込みは何故か？情報ビジネスが広告と有料の並存から、広告中心にシフトしたからであろう(広告費の分散化)。民放は成功モデルであるマス広告モデルの強さを維持するために新規ビジネスを有料化しようとし、新規参入者は強すぎる民放広告モデルと差別化するために有料ビジネスを追求してきたが、いずれも成功事例は限られたものであった。こうした観点からの[広告-有料]の仕分けは限界に来た。　デジタルとインターネットは様々な影響をメディアに与えてきたが、その最大のものは「情報はタダ(無料化)」という形態(意識も含めて)の定着ではないだろうか。マス媒体のビジネスモデルが限界というよりも、メディア全体が広告モデルにシフトしつつあるように思える。テレビ事業者が[TV+ネット]を模索し、そのためには優良なコンテンツを制作することを優先課題とするのは当然のこととして、そこに新たな広告モデルの開発がないと先は見えてこないのではないか。二次流通ではなく、複数メディア(CATV、IPTVなど)への同時配信も含めた<多次流通>を、広告モデルとして形成することが必要であろう。　現状において、広告主のマス媒体への懐疑は分からなくはないが、それはマス媒体がなくて良いかということではなかろう。「ビジネスモデルは限界」ということだけでなく、マス媒体の新しい展開について、個々の広告主によって広告戦略は違うとしても、さらに踏み込んだ議論が必要だと思う。奥氏は、代理店の立場ということもあり発言は中和的だったが(テレビに優しい？)、本当はもっとシビアーに見ているのではないかと感じられた。　メディア側からも、情報=コンテンツの多様な流通と広告の相乗効果について仮説でも良いから発言すべきだろう。もちろん、日本のテレビビジネスを構成する要因である<提供番組形式=制作費のあり方>と<著作権の一時固定>という二大ハードルを越えるのは容易ではない。ビジネスモデルの限界とは、単にマス媒体モデルの限界ではなく、編成構造=番組の調達と配給の問題なのである。

2.「番組評価」と制作者の想像力
	「視聴率とは別の番組評価があっていい」といわれれば、答えは当然Yesだ。また、自主的に番組評価の場を組織することもあってよい。だが、例えば「優良番組推進会議推薦番組」というようなものが、ある種の権威付け効果を持つようになると、これはいささか剣呑ではないか。どういう属性の集まりで評価されているかは結構難しい問題だ。その評価を普遍化しようとすればするほど、属性が曖昧になり影響力を行使することが自己目的化する恐れがある。<芸能>とは、もともと<危うさ>と共存するところにクリエイティビティーが成立するものではないだろうか。テレビの芸能は「社会的影響力」と「放送倫理」の関係において、相当程度抑制的であっても<芸能>であることには変わりはない。つまり、どんなに薄められていようとも、必ず何がしかの<毒性>を微かに残しているのである。「優良番組」という名前を冠する行為の剣呑性はそこにある。それは、かつて「カラス何故鳴くの、カラスの勝手でしょ」をけしからんといった<良識>を思い起こさせる。問題は、タレントが情報を扱うことではなく、タレントにもたれかかることと、それが情報伝達の主流だと制作者もタレント自身も思い込むことである。これは、後で触れる「番組の素材化」という視聴形態を取り込むことで、視聴率を上げようとするころから生まれる。そこにはクリエイティビティーは成立しない。そこを踏まえたうえで、そうでない(「正当な」とか「本来の」というべきなのか？)ニュース・報道番組との関係性を考えるべきなのだ。　テレビ番組のガラパゴス化というが、日本が世界に誇る？漫画もアニメもゲームも、そもそも日本固有の発達系であって、サブカルチャーというものはそのようにして成長する。優良印を掲げることで、ワイドショーという新しい形式の可能性を排除するのはいかがなものか。　とはいえ、確かにテレビ番組の「類似化」は甚だしい。ポスト産業資本主義では差異から利益が生まれるというが、テレビでは差異の消滅に向っているようだ。1980年代以後の<全局フジテレビ現象>が行き着いた先は、これだったのだ。フジが悪いといっているのではない。テレビを見ながらケータイで会話するという若者たちの視聴形態は、北田暁大氏がいうように番組を素材として利用しているのであって、そこではメッセージは不要なのだろう。しかし、メッセージの復権から差異性が生まれ、新しい形でのテレビの競争が始まるのではないか。　「山場CM」については、いうまでもなく視聴者感覚とのズレが生んだものだ。このことは、たんに視聴率アップという手法がもたらしたものではなく、視聴者の想像力と制作者の想像力の関係として考えるべき問題であろう。視聴者が見たいものを提供すればよいということではない。そうであれば、マーケティングさえ十分なら面白い番組が出来るということになる。そんなことはありえない。もちろん、視聴者の感性とまったく外れた番組は何の意味もなかろう。そうではなくて、視聴者の思いを超えるもの、それを番組化するのが制作者というものではないか。「山場CM」は制作者の想像力の枯渇を示しているように思われる。「視聴者目線」とは視聴者にもたれかかることではない。視聴者とキチンと向き合うことである。

3.ローカル局の存在理由は何か。
	「ローカル局の自社制作比率が低い」、「ローカル局はキー局の中継局で良いのか」とは、「竹中懇」以前からもしばしば聞かれる批判である。だが、自社制作比率12％～13％というのは、もちろん高いとはいわないが、それほど低い数字だろうか。全産業で東京の製造規模に比べて、地方が1割以上の生産を、それも特定の地域ではなく全国平均で示している産業は他に何があるのだろう。あらゆる分野で東京一極集中が進む中で、1日約3時間の情報を提供することは容易ではない。一局集中は東京情報志向であり、CMもその埒外ではない。それは、東京波の区域外再送信のニーズが、東京のCM視聴の要望として現れている。そのうえ、一極集中は広告業界にも反映し、地方に投下される広告は減少している。地方局が経営の合理化を図りつつ、番組の質量を維持する努力は、これも全局十分かといわれればさてどうかと思うものの、これからも続けられるべきだろう。　また、地方局に高コストのドラマやバラエティーを作るのは無理だとすれば、局のアイデンティティーは年に数本のドキュメンタリーの制作に特化する。ATP賞もそうだが、「地方の時代映像祭」、「ギャラクシー賞」、そして「民放連賞」など限られた予算の中で優れた番組が制作されている。ドキュメンタリー制作に関しては、東京局よりも地方局のほうが制作手法の継承が行われているし、それが結果としても示されていると思う。彼らは、その一本で勝負しているのだ。そこに、ローカル局制作者の存在理由があるのである。　「地方局の自社制作比率」というならば、こうした実情を確かめたうえで、いかにしてローカル局経営と番組制作のあり方を関係付けるか、そしてローカル局の可能性はどこらあるのか、という問題提起がなされなければなるまい。

4.テレビを総体的に把握する
	ここまだ書いてきたことは、シンポジゥムを聞きながらその場ですべてを考えたわけではない。ディスカッションは生き物であるから、なかなか整理された議論になりにくい。ただ、パネリストが指摘した問題を、テレビの現在と付き合わせ、テレビの側からもう少し踏み込んだ議論として、こうした問題に展開すると良かったのではないだろうかと後から思ったのだった。　テレビの危機は構造的である。第一に、情報流通の形態が多様化し、[まずテレビ、次に二次利用]という構造ではなく、テレビと他のメディアを同時的に展開することが課題にならざるを得ないからである。第二に、制度的にはともあれ、テレビは制作と放送の一体を基本とするがゆえに<その時点の視聴者>に向き合うことが出来るのであって、そこに生ずる<視聴者との想像力競争>が衰退していることである。そして、第三に、成功モデルの限界をどう超えるかということだ。それはいうまでもなく、成功モデルの復元ではない。他メディアへの地域非限定・同時配信、広告の複合メディア効果モデルの構築、制作費構造の転換、著作権の一時固定からの脱却、などなど。地上波至上主義からの転換は不可避である。　かつて、「テレビは一つの全体である」と書いたことがある。テレビは制度・制作・配信(流通)・広告・技術、そしてそれらを統合する経営、などのすべてにより構成されている。どの産業もそうであろうが、テレビは<情報>という不定型のものを扱うだけ流動的要素が大きい。技能集約型・単品生産構造なのである。　そのテレビが構造的危機にあるとすれば、こうした全体的存在であることを認識し、その上でランダムに提起される他者からの論点に向き合わなければならない。誰が壇上に上がるかということは、実は現在のテレビの本質的問題でもあるのだ。　現在の民放の危機が単なる経済不況ではなく、民放そのものの存立にかかわるとすれば、経営の直接的利益確保ではなく、中長期的視野に立った提言と理論構築は戦略的課題であろう。「融合論」に対して放送業界は「放送は文化だ」と主張してきたが、変化の時代の文化には戦略や理論構築が必要なのである。メディア状況の変化に対応し、民放業界を変革するのは外部の変化に追随して「やむなく変わる」のではなく、自ら変わるための内部の要因を構築しなければならないのである。他者による批判ではなく、内部に批判的視点を持たない限り、主体的な変革はありえない。そうした視点を持って外部に向き合うことで、民放の「閉鎖性」を乗り越えなければならない。それは民放のステータスにつながるはずだ。優れたスピーカーを育て、舞台に上げるのも業界の実力のうちである。他者と向き合う中でスピーカーは育っていく。　その意味では、民放連研究所もこれまでの経営分析を軸としつつ、外部を視野に入れてより幅広な調査・研究が必要なのではないか。民放業界全体として、個別の経営課題を超えた問題提起能力が求められているのである。

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