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メディア・ノート
    Maekawa Memo
No146.
[iPadと電波法]
2010.5.15

 iPadが話題になっているせいだろうが、海外でiPadを購入し、国内で無線接続すると「不法無線局の設置」となり、電波法に違反するという注意喚起が”関係者”に向けて行われている。所管大臣がアメリカで購入したという話題もあった。これってどういうことだろう、と思って少し調べてみた。総務省資料によれば、日本国内では<技適マーク>がついている無線機器を使用しなければならず、海外で購入した機器にはこれがついていないので、違法であるという趣旨が書いてある。<技適マーク>とは、「電波法で定められた技術基準に適合している無線機器であることを証明したマークをいう」とされている。
 フーン、なるほどね。では、電波法でこれに該当する条文はなんだろう。電波法という法律は、無線局開設に関する部分など放送に関する条項に目を通したことはあるが、それ以外はほとんど知らない。で、結構なボリュームのある法律を眺めていると、終わりのほうに「第9章 罰則」として105条から116条まであり、各条にさらに細かく項目が並んでいる。その110条に「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する」とあり、その1に「第4条の規定による免許(中略)がないのに、無線局を開設した者」とある。これだな。第4条は「無線局を開設しようとする者は、総務大臣の免許を受けなければならない」とある。しかし、これだけでは<技適マーク>と無線局免許の関係が分からない。<技適マーク>がある機器を使用すれば、免許を受けたことみなされるということだろうか。それとも、このサービスを提供する業務について、まだ無線局免許が下りてないということか。調べれば分かるだろうが、それはまたにして話を続けよう。
 さて、電波法では他にどんな罰則があるのだろうか。

 105条は、無線通信業務に従事する者が船舶や航空機の遭難通信を行わなかった場合は1年以上の有期懲役、106条は自己若しくは他人に利益を与え、又は他人に損害を与える目的で、虚偽の通信を発信した場合は3年以下の懲役又は150万円以下の罰金としている。これらは社会的なセキュリティーを趣旨とするものであると解釈できる。
 107条は、日本国憲法またはその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する通信を発した者は5年以下間懲役または禁錮と定めている。なるほど。法の趣旨は理解するとして、電波法がどういう法かということが良く分かる。これは、電波監理が国家安全保障システムだということを明瞭に意味している。
 109条の電気通信業務・放送業務、人命若しくは財産の保護・治安維持・気象業務・電気供給業務・列車運行業務の用に供する無線設備の破壊または業務の妨害は5年以下の懲役または250万円以下の罰金とあるが、これも同様であろう。
 この107条と109条に挟まれた108条は、わいせつな通信の禁止で2年以下の懲役又は100万円以下の罰金である。電波法でこの規定は必要か?それとも、わいせつ通信の禁止は国家安全保障システムの一部なのか?
 109条は、いわゆる「通信の秘密」に関する規定で、無線局の取り扱いに係る無線通信の秘密を漏らし、又は窃用した者は1年以下の懲役又は50万円以下の罰金、無線通信の業務に従事するものの場合は2年以下の懲役又は100万円以下の罰金となっている。放送における「表現の自由」と、この「通信の秘密」は憲法で保障されている言論に関する二大原則で、まずこれに関する規定が最初に示されるべきだという気もするが、電波法の罰則規定は重い順に並べられているので、構成上この位置におかれているようだ。
 109条は暗号通信にかかわる条文であって、暗号通信(通信の当事者以外の者がその内容を復元できないようにするための措置が行われた無線通信)を傍受した者または暗号通信を媒介する者であって当該暗号通信を受信したものが、その秘密を漏らし、又は窃要する目的で内容を復元したときは、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金、無線通信業務に従事する者の場合は、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金とされている。この規定が一般的な、例えばスクランブル信号を利用したサービスなどを想定しているのか、それとも国家の機密情報漏洩を想定しているのか、よく分からない。

 主な罰則条項は以上である。
 電波法というのはなかなか手強い法律だ。というより、公権力の意思が形式化されたものが法だとすれば、公権力とはやはり凄いものだという感じがする。もちろん、民主主義では、公権力の基盤は国民にあるのだから、「われわれ」がそれを構成しているということになるのだが、とはいえ、ことはそう単純ではない。権力の秘密が政治学の永遠のテーマであるということが、それを意味している。

 さて、ここまできていくつか思うことがある
(1) 日本では電気通信と国家の関係はどのように形成されたのか
 「情報の歴史」(NTT出版)を眺めていて分かるのは、明治維新の翌年1869年には、「電信業を国営で創設 工業省電信局とする」という記載と並んで「東京-横浜間の電信創業」と記録されている。1871年には大阪-神戸間で電信開始、その年には「ローマで万国電信会議(日本、出席)」、「東京-ヨーロッパ間の国際電報開始」、翌1872年には「電信の政府掌握決定」という項目があり、これが国営で創設されたこととどう関係するかは不明だが、国の所有し管理運営するという意思は明らかだといえるだろう。
 1878年(明治10年)の西南戦争では、電信による通信は鹿児島から東京まで完成していた。以前、「サツマヘイシシサツマタハコヲフクス」(薩摩兵自殺または降伏す)という電文を、「薩摩兵士薩摩煙草を服す」と読み違えたエピソードを聞いたことがある。近代国家建設を目指した明治政府は、鉄道と並んで国家インフラとしての電信による情報ネットワークの構築を急務としていたことがよく分かる。電気通信は出自のときから国家と不可分だったのだ。電波法の罰則規定も、そうした背景を思えばやはり「なるほど」と思うしかない。
(2) 電波法と放送法
 放送法改正案にいたる「総合的法体系」議論の中で、放送事業者は電波法による無線局免許による番組内容の間接規制を主張してきたが、電波法そのものの存在理由にまで考えを遡らせなかった(不覚にも私はそうだった)。もちろん、だからといって放送事業者の主張が不適当ということではないが、放送法そのものが電波法体系の中に位置づけられているのだから、無線(放送法改正案では電気通信)による情報システムとしての放送のあり方を、電波法との関係においてさらに踏み込んで考える必要があると思われる。
 番組規制の根本は、有限希少かどうかはともかく、無線による電気通信の国家管理の仕組みにある。放送の社会的影響力が相対的に減少したとしても、国家はそれを手放さないだろう。それは公権力の自己証明でもあるからだ。そうだとすれば、放送はそれを所与の条件として何が出来るか、それが問題だ。放送のライブ性の可能性と危うさを再考すること、しかも“ダダ漏れ”的 ネット中継と違い、監理されたツールの中でいかに自立するかという二重の関係に向き合うスリリングで緊張溢れる場に身を置くこと、そこに放送メディアの存在理由がある。
(3) インターネットによる通信との関係
   現在爆発的に拡張しつつあるインターネットを経由したウェッブ上の情報交換も通信であるのだが、その規制のあり方についてさまざまな議論が進行している。国家(官)的発想は電波法的監理を下敷きにしようとするであろうし、ユーザー(国民・市民)は限りなく自由でありたいと思うであろう。通信・放送の総合的法体系は、産業振興策として発想されたと考えてよい。当初の構想は、レイヤー型の法体系を前提にネット情報についてもコンテンツレイヤーにおける規制が想定されていたのだか、ネット情報規制への異論が強いこともあり、現在の放送関連法の整理という案に至っている。
 考えてみれば、国家主導で始まり、その枠組みが色濃く残っている電波法的規制対象の情報と、全く自由に登場し市場を形成してきたネット情報を一つの法体系としてまとめるとすれば、その法の理念は何になるのか。情報をテクニカルなものとしてのみ考えれば、それはそれで可能かもしれないが、それ以上のものではない。同じ情報行為が一方では罰せられ、他方ではスルーされるとすれば、それは何を根拠としているのだろう。
(4) 放送法改正案180条
  放送法改正の一つの争点は、改正案の180条で電波監理審議会に番組編集準則に関する事項を独自に調査・建議する機能が付加されことである。政府は「番組規制をするつもりはない」としているが、「つもりはない」という法律はない。あるのは「法」と「法を運用する権限(つまり権力)が行政府にあるという構造」である。そして、電波監理審議会はまさにこの電波法(=国家意思による周波数監理)で規定されている。剣呑とはこのことだ。一方では、通信放送行政を独立委員会型組織が行うのが適当という提起をしつつ、他方では現行法体系に位置づけられている行政機能による権限強化を法案化するというのは矛盾としか言いようがない。放送事業者は、180条問題を警戒しているが、警戒ではなく明確に異議を唱えるべきである。

 それにしても、法律というのは読みにくい。条項を追って行きつ戻りつしている間に、何を知りたかったのかということが分からなくなることがある。世界中のどの国でもこんなものなのだろうか。総合的でも分散的でもいいから、もう少し何とかして欲しい。これもまた、権力の自己証明のひとつの方法なのだろうか。




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