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メディア・ノート
   

[新・調査情報]2005.1-2.号
<焦点>[第2ステージに入った地上デジタルテレビ放送]

  地上デジタル放送には、X、Y、Zの3つの日付がある。
 2003年12月1日に3大都市圏で地上デジタルテレビ放送が開始された。これがXデーである。そして、Xデーから1年後の昨年12月1日、総務省と全国地上デジタル放送推進協議会は全国全地域・全事業者の親局開始目標時期を公表した(図にリンクします)。この各地域の各事業者のデジタル放送開始日がYデーである。つまり、Yデーはそれぞれの地域や放送事業者の状況により、複数の日付で構成される。そして、Zデーとは何かといえば、11年7月24日である。これは地上テレビ放送のデジタルへの完全移行、即ちアナログ放送終了の日である。
 何故、この日が特定されているかというと、現行アナログ放送用周波数の使用期限について、アナログ周波数変更対策(通称「アナアナ対策」、放送の「あまねく普及」や民放の「4波化政策」により周波数が稠密に使用されている状況で、デジタル用周波数を確保するために現行放送で使用している周波数を変更する作業)の財源を国費=電波利用料とすることに伴う「周波数使用計画」変更の告示の日(01年7月25日)から「10年間」、と規定されたためである。ウーム……分かりにくいけどそういうことなのだ。

 さて、地上デジタルテレビ放送が開始されて、1年が経った。
 昨年秋の総務省資料によれば、地上デジタル対応受信機は163万台、CATVのセット・トップ・ボックスは80万台の出荷ということだから、合わせて240万世帯程度で視聴されていると推定されている。HDTVディスプレーの価格も、プラズマや液晶を中心にこの1年で23%から37%の値下がりを示していることが分かる。こうした傾向は、今後ますます加速されるであろう(表にリンクします)。
 一方、日本のデジタル化固有の問題である「アナアナ対策」作業は、182万世帯で完了している。これは全国の要対策世帯の43%に該当し、これにより放送を開始した地域では、デジタル電波を抑制して送信している親局の出力を段階的に増力することが可能になり、カバーエリアの世帯数も1800万と拡大が進行している。また、地上デジタル放送の認知度も上昇しているという。
 こうみると、「すべて順調」ということになり、1年前に固唾を飲んで歴史的瞬間を見守っていた関係者はほっとしていることは間違いない。ここに至るまで、民放、NHKの放送事業者やメーカーなど関係業界、さらには行政担当者などの試行錯誤や緊急措置、あるいは対策方針のためのたび重なる議論と調査、現場の地道な努力(なにしろ「アナアナ対策」は1軒ずつ家庭に出向かけなければならない)など、この1年はあっという間のことだったという思いも、それぞれにあるだろう。かくいう私も、正直なところ「思いのほか上手くいっている」と思っている。

 かくして、地上デジタル放送は第2ステージに入った。
 Yデーについて、当初は「同一地域の事業者は一斉開局」ということが基本であったが、「アナアナ対策」予算の前倒しが可能になり、また中継局を含むデジタルチャンネルプランを確定するなど、デジタル放送開始の環境が整備されたという認識から、開始可能の局から順次スタートという方向が総務省から示された。これについて放送事業者も、デジタル放送開始に伴う諸課題に関して地域事業者の共通認識を形成することを前提に、「時差開局もありうる」ということに合意した。Yデーの前倒しである。
 それでは、これから逐次各地域でデジタル放送が開始され、普及も順調に進み、その結果11年に無事アナログ放送が終了、晴れてZデーを迎えられるだろうかといえば、事はそう簡単ではない。むしろ、難問はこれからである。

 第1に、周波数事情が特に厳しい西日本では「アナアナ作業」の進捗が複雑煩瑣であるため、デジタル放送のエリアカバーの拡大が容易ではない。特に有明、山陰地区では韓国のデジタル波との混信問題解決が課題であり、これは当然国際調整が必要であるためデリケートな対応となろう。
 第2に、11年アナログ放送終了時に視聴者の不利益変更を最小化するために、デジタル波が現行放送と同等のエリアをカバーする必要がある。そのためには、デジタル中継局建設が課題となるが、特に小規模中継局については相当の経費負担が想定される。現在、民放8000局とNHK7000局の合計1万5000局の中継局がある。その90%が5W以下の小規模局で、その建設コストは全中継局建設コストの66%にあたると推計されている。
 この「山間、僻地、離島に至るまで」のきめ細かい放送波ネットワークは、テレビ放送開始以来約50年の時間をかけて構築したものであり、これを11年(Zデー)までにデジタルに置き換えることは、「期限限定」の大事業であることは間違いない。
 また、中継局の数は地理的要因によるものであって、経営規模と因果関係はない。デジタル波の到達効率の良さという特性により中継局の数がある程度減ることを勘案しても、特にローカル民放にとっては相当の負担が生ずることが予想される。
 第3に、この放送波ネットワーク構築にかかわることだが、いわゆる「公的支援」の問題である。「地上放送のデジタル化は国策である」と放送事業者は主張し、それに応ずる形でアナアナ対策や混信対策は基本的に電波利用料を財源とし、国の行為として実施されているが、中継局建設整備に関して視聴者保護や「期限限定」に伴う経営圧迫の観点からの明確な方策は示されていない。この「国策論」に関する問題は、後述する。
 第4に、これも放送波ネットワークと関係するが、現在既に60%程度の世帯では放送波の直接受信ではなくCATVや強調設備による再送信受信が実態である。こうした環境において、CATVや光ファイバー網の普及による再送信問題があり、特に区域外再送信問題への対処が今後ますます複雑化することが見えている。既に幾つかの地域では、ケーブル事業者や役務利用放送事業者(通信インフラを利用して放送事業を行う者)から、区域外を含む再送信の要望が出されている。
 民放連は、「再送信同意権限」はあくまでも地上放送事業が保持しているという原則を踏まえて、一昨年10月「地上デジタルテレビ放送の再送信に関する基本的考え方」を取りまとめ、地上民放事業者の基本スタンスを示しているが、地域事情により個々の事象は個別具体的であり、また民放事業者間の利害が絡むケースも多く、単純明快にマニュアル化できる問題ではない。
 その背景として、既に現行放送の再送信が慣習的に積み重ねてきた実態を白紙化することは容易ではないこと、CATVのデジタル化そのものは地上デジタル放送の普及のためには不可欠であること、ケーブル事業や役務利用放送事業の業務区域に関する規制と地上放送の地域免許制度との関係が明確でないこと、などの事情がある。
 第5に、「マスメディア集中排除原則」の緩和の問題があるが、これも「国策論」との関係で、後述することとする。
 第6に、著作権保護のための技術的措置(RMP:Rights Management & Protection)の問題がある。RMPは、昨年4月にBSの有料放送システムであるB‐CAS方式を利用する形でスタートした。しかし、受信機普及とともにB‐CASカード経費負担も増加するため、コスト効率の点から新たな方式の導入が求められていた。
 昨年末の段階で、新方式の導入の基本スキームが固まりつつあるという状況だが、これについて受信機メーカーとの合意が欠かせない。しかも、デジタルBS・CS対応として先行販売された受信機(レガシー受信機)は、技術的に新方式に対応しないため、デジタルテレビの全受信機が新方式へ完全移行するためには、レガシー受信機が家庭からなくなるまでの相当の時間、約10年程度が必要とされる。
 第7として、その受信機普及の問題がある。HDTV対応の薄型(プラズマと液晶)受信機が主力商品になりつつあるのは明らかだが、今後どのような機能が消費者に受け入れられ、どの程度の価格として市場に投入されるのか、メーカーの商品戦略が注目される。
  第8は、放送事業者固有の課題であるデジタル放送サービスの開発である。現行編成のHDTV化は言うまでもないが、デジタル化の特性といわれる携帯向けサービスやサーバー型(蓄積型)サービスのビジネススキーム成立のためには多くの試行錯誤が必要となる。世上の関心は高いが、いつブレークスルーが起こるかについて現時点では明確な展望が見えない。
 こうした分野でのビジネススキーム構築には、まさに放送事業者が関連業界と提携しつつ取り組むことでしか答えは出てこない。特に、携帯端末向けサービスは、既に先行して通信インフラが構築されている所に、放送サービスが参入することになる。これは、放送事業者にとって初めての経験であり、どこまで放送事業者が主導権を確保できるかが問われることになる。
 ここまで述べてきた問題点は主たるものであって、極端に言えばまだまだ挙げれば数限りない課題が残されている。そのいずれもが、アナログ放送のルール・習慣による対応を超えるものなのだ。
 こうした中で、一つの骨太な政策方針が提起されている。これは、昨年7月に情報通信審議会の中間答申として取りまとめられた「地上デジタル放送の利活用の在りかたと普及に向けての行政の役割」である。
(次号に続く)





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