TBSメディア総合研究所

No41．「テレビジョンとインターネットの『入れ子構造』という仮説について」

（未定稿・０６年１月版）　2006.1.15

(2) マスメディアの情報編集とネット情報の規制・管理
　インターネットは通信として登場したという点で[1対1]を基本としているが、今や[(1対1)×n]としても機能しているため、マスメディアの領域と「融合」（この場合は、相互乗り入れ＝クロスオーバーといって良い）しつつある面も確かにある。他方、マスメディアはインターネットを利用することで複合的な情報構造を構築することは、当然の選択となろう。
では、マスコミュニケーションは、いかなる情報を提供しているのだろう。そもそもが「想像の共同体」を形成することから始まったとすれば、専門家であれ生活人であれ当然その共同体の成員に対して共有すべき情報を提供することが基本である。この場合の共有されるべき情報は、必ずしも国家統制型の情報を意味するものではない。むしろ、国民国家成立のためには、それ以前の政治形態への異議申し立ての情報提供が原初的だったと考えてよいだろう。だからこそ言論・表現・出版の自由が(信仰の自由とともに)近代国家の憲法原理となっている。先に触れたが、免許事業である放送が身を捩るようにしてジャーナリズム機能を果たそうとしているのは、古典的にはやはりこの原理による。国民国家としての在り方の基本を民主主義というとすれば、そのシステムそのものにコミットするのがマスメディアということになる。
（註：マスメディアにおける表現の自由は、個人＝市民における表現の自由に比べて「知る権利」との相関性が高い）。

　ただし、現実にはこうした古典的な自由の原理よりも(というよりそれに基づく)「情報の信頼性」が、現在のマスメディアには問われている。アメリカの貨幣には[In God We Trust ]と刻印されているが、何を根拠にその情報を信頼するかといえば、「神」というわけにいかず、それは経験則（免許という制度的担保ではなく、主体としてのメディアの行為）以外にありえない。それを果たすのが、マスメディアの情報編集機能であり、そこに情報編集責任が生ずる。
　インターネットには、こうした歴史も社会的位置づけもない。それがインターネットの自由というものだ。しかし、同時にインターネットは自由で刺激的なツールであり、反社会的といわれる情報にも開かれたシステムである。それ故に、インターネットにおける情報規制が問題になる。近代憲法のもう一つの原理は「通信の秘密」であり、「検閲の禁止」であるが、ネット上に公開された情報の責任／規制はどうなのか。規制が妥当だとしてその根拠は何だろうか。刑法や軽犯罪法などの一般的法規制による事後規制を基本とするべきなのか。「反社会情報法」など考えたくはないが、しかしインターネットの情報規制がありうるとしたら、そのようなものになるであろうことは容易に想像がつく。そうだとすると、例えば中国の反日デモの際に、中国政府がホームページの情報を禁止したことをどう考えるべきか。また、インターネットにおける情報提供者も情編集機能を持ち始めていて、それが裏社会型として機能していることにどのような意味を読み取るべきだろう。インターネットは先行するマスメディア、特にテレビから既に様々な手法をテレビ型規制の外側で手に入れているのである。まさに、入れ子構造の発展というべきだ。
（註：推論「情報規制と「情報管理」は異なる概念であろう。規制は情報流通そのものに関与する。管理は情報流通の自由を制約しない。しかし、流通する情報を網羅的に捕捉し、受容するべき存在と排除すべき存在を識別しようとする。」・・・ということだろう。ネット上の情報についての捜査権に関する議論があるというが、それも規制より管理の問題ではないかと考えられる。例えば、「対テロ」という課題の前で、個人情報保護はどう機能するか｡参考：「ポストモダンの思想的根拠」岡本裕一朗／「プロファイリングビジネス」原題NO PLACE TO HIDE ／ロバート・オハロー）

　このように情報の信頼と規制ということを考えると、免許事業である電波メディアの自家撞着を承知で言えば、周波数監理という無機的規制を基にした最小限の事前規制は、情報の信頼性の基礎となる情報編集機能を制度的に担保するものだということになる。そして、この情報編集機能に基づいて情報の受け手との間に「信頼関係」を構築するのは、制度による保証ではなく、マスメディアの自助努力、即ち企業としての経営行為であることは既に述べた。つまり、経営として一人でも多くの人に共通情報を提供するという行為を当為として選択するということである。
　しかし、実はこのとき「最大視聴者獲得」という欲望(この欲望は全ての資本主義企業の活動に共通するものである)の下で、マスメディアはその存在理由を、共同体システムの構成という原理から「大衆のまなざし」（柏木博「モダンデザイン批判」）の集約へと密かに（あるいは無自覚的に）その根拠をシフトさせている。この段階で、情報編集機能には「日々生起して漂う原情報＝気体を、一定の「形（ライブ＝液体からパッケージ＝固体まで）」にして提示すること」と言う機能と意味が付加される。ここから、マスメディアにおける情報責任の曖昧さが浮上し、情緒的な傾斜が生まれる。それ故に、メディアの自立と自律が求められる｡どれほど自己を客体化できるかが、マスメディアの常なるテーマである｡
（註：もちろん、原情報が「形」を超える（＝伝達者の意図を超える）場合がある。テレビが時間のメディアというポテンシャルな機能に立ち返る現場であり、それは「電波はコンテンツ流通のインフラ（つまり、小包としてのコンテンツ論）」という認識を超えて、「メディアがメッセージ」になる典型的瞬間である。）

　通信においては、このようなメディアとしての問題認識が成立しているとは思えない｡それは通信の欠陥でも未熟でもない｡通信とはそういうものなのだ。そこに「融合論」の空虚さがある。放送が放送の存在理由を明示すること、全てはそこから始まる｡
（註：デジタル技術は情報処理＝編集機能を飛躍的に増大させた｡そのデジタル技術とインターネットが結合し、ブログジャーナリズムが生れる｡それはマスメディアの不要を意味するのではなく、お互いに複合的な関係を形成するであろう。テレビ情報が情緒的に傾斜する時、ブログはその形式それ自体としてではなく、「非マスメディア型ジャーナリズム」の場として成立し得る｡その場合、ブログジャーナリズムの評価軸は何かが問われるが、結局のところメディア行為の経験則ということになるのだろう。こうした動向は、インターネットの普及の初期にある種の期待を込めて語られた「カウンターカルチャー」の可能性が、地下水脈のように継続しているということであろうか｡これについては要別途論考。参考「ブログ／世界を変える個人メディア」原題　We the Media ダン・ギルモア）

　ネットワーク社会の到来は、こうしたことを浮かび上がらせたといえる。昨今また論議の種となりつついある「ハード・ソフト分離」についていえば、まさに「免許主体が情報編集機能を担保される」ことこそが「ハード・ソフト一致」ということなのであって、放送波以外の伝送路による再送信サービスの享受を排除するということではない。但し、その場合「再送信」である以上、放送の基本形（同一性保持、視聴者のチャンネル選択権=当該地区の全チャンネル伝送、免許制度との整合性=対象地域の限定、著作権保護、等）の担保が条件となる｡これは、単なる規制の問題ではなく、マスメディアとしての放送が社会的に求められる限り、それが維持されるための要件なのである。仮にこうした論点を議論するとすれば、テレビとネットの「融合問題」としてではなく、社会システムの問題として語られるべきであろう｡テレビにとって肝心なことは、放送として未来永劫現行システムの変更を拒否することではなく、情報環境の変化に対して、主体的に自ら変化を選択することであり、その根拠を放送そのものの中に見出すことである｡これを「入れ子構造の」成長というべきなのだ｡
（註：厳密に言えば、免許を付与する主体は政府ではなく国家＝抽象主体としての共同体であるといえるのではないか。政府は国家の代行機能を果たしているとすれば、原理的に国家＝共同体の論理で政府を批判する権利は留保されている。これは政治による個別のメディア批判のことを指しているのではない。マスメディアの自立性の根拠の問題である。但し、これだけの論理ではどこかで破綻するかも知れない。別途政治学＝権力論的検証が必要。）

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