1. |
インターネットは急速に普及し、ネットワーク社会は成長過程にあるが、それがどのような成熟したメディア環境を形成するかは見えていない。 |
2. |
マスメディアとインターネットは、夫々生成の歴史的・社会的背景を異にするものであって、「融合現象」の進展を考察する場合も、この点を明確に踏まえる必要がある。 |
3. |
インターネットは地域的あるいは国際的コミュニケーションネットワークとして機能することが特性であり、国家単位のメディアではない。 |
4. |
マスメディアは、国民レベルにおける情報共有システムとして[情報編集機能=情報責任]による信頼関係の成立が前提とされていて、システムとして安定性や経済合理性が高い。 |
5. |
しかし、デジタル技術による情報編集機能の圧倒的拡張とインターネットの普及による情報交換の質的飛躍は、情報社会におけるマスメディアの影響力を相対的に小さくしつつある。 |
6. |
現在の情報系において、テレビとインターネットは「入れ子構造」を形成している。テレビはインターネットを構造的に取り込まなければ、情報社会のなかで影響力を急速に低下させるであろう。一方、インターネットはテレビ中心に形成されてきた情報系を環境として受け入れつつ、自らの未来を選択するであろう。 |
7. |
テレビとインターネットのメディア論的相異は、国家との関係性の問題でもある。テレビは出自そのものにおいて国家と無縁ではない。その距離をどう客観的に認識するか、この「問い」はテレビにとって宿命的である。これは、報道であれエンタテイメントであれ変わらない。総体としてのテレビジョンとは、そのような存在である。 |
8. |
インターネットにはこのような問いは自明ではない。しかし、ネットワーク社会の発展は不可避であるが故に、デジタル情報流通における[自由と規制][自由と管理]の関係がいま問われつつある。 |
9. |
有限な財である周波数資源の適正な配分について、経済効率・制度設計・メディア機能のトライアングルにおいてに検討されるべきである。 |
10. |
こうした検討のためには、それぞれの専門領域における検証とともに、それを超える発想とその発想を有効に受け止める「場」の設定が不可欠であろう。 |