TBSメディア総合研究所

No101．
[方法としてのデジタル]
･･･TBSと僕の関係が一区切りしたことと、『嗤う日本のナショナリズム』を読んだこと。

2008.7.1

　TBSの社長室参与という立場が6月末で終了した。およそ45年一つの組織に属していたことになる。こんなに長い関係になるとは思わなかった。そんなわけで、これまでのTVとの関わりの後半部分を中心にメモにしておきたい。前半については、それはそれでまた書く機会があるかもしれない。これから書くことは、今までも折に触れて書いてきたことと重複する部分がある。それを何故改めて書くかという理由は、後で述べる。1984年にHDTV/ハイビジョン(その頃は、高品位テレビと呼ばれていた)に出会い、僕にとってテレビジョンとの関係は第2フェーズに入った。このことはメディアノートNo91「追悼・村木さんのこと」でも書いた。「アナログ地上波の6MHzの帯域では伝送できないし、NTSCと互換性がないのだから、そんなものは民放ではやらなくて良いんだ」といわれたりした。地上波テレビ方式のNTSCを拡張したEDTVを選択すべきだという考え方を刺戟してしまったかもしれない。しかし、テレビ映像の<革命的>変化と放送システムの全面的変更というテーマは、「表現と伝送」いうテレビジョンの根本命題(ハード・ソフトの一体化)に関わるものとして極めて魅力的だった。個人的に言えば、闇雲に、といっていいほど、このためにエネルギーを使ったのだった。
　その頃、一方では新聞社系のBS参入計画が公表され、これに対抗するために民放の独自に参入のための「民放連衛星」構想が浮上していた。そこから、系列ごとの参入路線がうまれ、現在に至る。HDTVはBS参入の切り札として、政治的意味を持つようになっていく。アナログ伝送ではBSの帯域でもHDTVの情報量は過剰であるため、圧縮方式としてミューズ方式が開発され、早期BS参入のためにNHK、民放、郵政省はほぼそれが既定の路線になっていた。問題は8トラポンの振り分けであり、如何に民放5系列が椅子を確保するかが焦点だった。
　そこに衝撃的に登場したのが、デジサイファーというデジタル伝送方式で、1991年のNAB大会で公開された。そこから、世に知られている「ミューズ・デジタル抗争」が始まる。結局のところ、デジタルBSが選択され、民放の5系列参入も実現するのだが、その直後から地上波のデジタル化が課題となり、ここでもHDTV(既にハイビジョンと命名されていた)実現のため、アナログと同様の6MHzの担保が条件とされた。デジタル用周波数の限定性と既存事業者の優先的継続性という二律背反的な問題の中心に、HDTVは存在していた。その後の経緯は現在進行形の状況としてよく知られているので省略する。かくして、HDTVはテレビジョンにとって<本質的>テーマであるがゆえに、つねに政治的イシューとして論議の対象にされてきたのである。

　この間、他方ではインターネットとパソコンの急速な結合が同時進行していたのだが、率直に言えばその影響力がどれほどのものかを展望することはできなかった。例えば、郵政省のデータ通信行政が何を意味しているのか、通産省の「情報処理振興課」なる組織が何をするところなのか、僕の関心の外だった。現在、情報通信分野のもう一つの焦点となっている移動通信については、モトローラ戦争などを通じてそれなりに関心はあったのだが、インターネットについては、このノートで時々引用する「インターネットが普及すれば、テレビは絵の出る照明器具になる」といわれたり、「誰もが情報発信者で、誰もが表現者」だと聞いて、漸く「これは何なんだ」と思うようになったのだった。1990年代の半ばを過ぎていた。現在、ネット系の技術の進歩の速度は当時の想定を越えたスピードで進展しつつある。インフラ整備も圧縮の速度も、機器の商品化と価格の低廉化も、そしてそれらを応用したビジネス展開も、である。ここから、情報を巡る議論は、僕にとってもテレビという単一の軸ではなく、ネットとテレビという<関係>の問題になる。
　テレビとはまったく異なる地点から情報という領域にアプローチしてきた人々との「真面目な」接点は、「高度情報化社会の未来学」という2年間のプロジェクトに参加した時からだった。かなり見当違いの意見を発言したと思うのだが、「メディア論」というものをテレビの外の論点とつき合わせて考える貴重な機会だった。「テレビとは何か」という宙吊りにされたままの問題意識を、何とか現実的な論点として取り出すことが出来たと思っている。このプロジェクトに参加することを勧めて下さった、林俊彦さんにとても感謝している。

　情報社会論は、ポスと工業社会=知的社会(あるいは知的産業)論として脚光を浴び、政策的には「規制改革民間化開放推進会議」の主要テーマとして登場する。この流れは、小泉・竹中改革路線の通信・放送の融合論に反映されることになり、その延長に「情報通信法」(レイヤー型総合的法体系)の検討に引き継がれている。これは、産業政策課題として提起され論議されてきたのであって、いわば「メディアの経済学」といえるだろう。しかし、この論議の過程で、<不祥事>というきっかけでNHK改革が提言されることになるのだが、このときメディアの経済学はメディアの政治学と通底していることが明らかになるのである。市場性による経営の合理的あり方と、NHKという存在あるいはその機能を政治的にコントロールすることは背反しない。それは、テレビとネットの関係の問題としてメディアを考えていく中で、マスメディアは「想像の共同体」という近代国家を成立させる役割を負ってしまったことを、特に免許事業としての放送にとって、その意味を考えるための本質的な論点なのである。
　こうしたメディア政策論の推移と平行して、ということは21世紀段階という意味だが、東アジア諸国との関係で、「ナショナリズムとは何か」が問われる時代状況が生起してきている。それと同時に、「メディアと権力」という論点の関係で言うならば、「環境管理型権力」という問題が提起されてきている。一時のブームとして過去形で語られるポストモダンが、実態として定着しているのがいまの日本の状況だということだろう。「大きな物語」の喪失やデータベース志向の広がりは、従来のメディア論を超える現象であると考えてよい。つまり、今起こっているのは、「55年体制」や「戦後民主主義」や「連続的な経済成長」の終焉だということだ。

　さて、なんでこのような「おさらい」をしてきたかといえば、以前から気になっていたままにしておいた「嗤う日本のナショナリズム」（北田暁大/NHKブックス・初版2005年）を読んだからだ。読んでみてチョッとした衝撃だった。というのも、ここまで断片的に書いてきたその時代推移を、メディアに関わる人々(メッセージの発信者とそれを受け止める側との関係として)を対象に、僕の想像力を超える分析と問題の摘出が見事に描かれているからだ。「連赤とあさま山荘」で幕を閉じる戦後左翼運動の思考構造=<自己批判と反省>から、70年代の<(そうした60年型思考への)抵抗としての無反省=戦略的パロディー>を生み、80年代の消費社会の形成過程で<抵抗を消去した無反省とギョーカイの約束事を前提としたツッコミ的視聴=内輪の共同体>が生まれ、さらに90年以後は、他者との<繋がり>という関係性(=形式)の維持そのものを目的とするシニカルでスノッブなメディア行為(素材としてのテレビ)が常態化してきという(例えば、2チャンネル型行動)。こうした流れを糸井重里や川崎徹などのコピーライターやナンシー関のテレビ批評に表れた言説を通して語っている。それは、テレビがメッセージを伝達するメディアから、見る側の<自己証明のための素材の提供>に変っていく経緯でもある・・・と、こう書いても良く分からないだろう。北田さん自身が表にしているので参考にしていただきたい(ココをクリック)I(I!ともかく、まだ読んでない方には是非御一読頂きたい。
　いずれにせよ、「テレビと馴れ合いつつ、テレビを嗤う感性」は、マスメディアそのものが「情報内容と伝達形式の乖離」を体現していることを見抜いている。それゆえに、その「差異」について、内容に対する判断を留保しつつ形式への美的判断を先鋭化させる態度、即ちアイロニーが成立し、その果てにアイロニカルな<繋がり>のための<記号としてロマン主義>が生まれる。それは、<記号としてのナショナリズム>とほぼ同義語である。それが、２０００年代の現在のメディア状況である・・・ということになるようだ。

　こうした変化の転換点となった70年代に僕は何をしていたのかといえば、TBS闘争の<敗北>後、「ガロ」と「ビッグ・コミック」と山田風太郎を読んでいた。思えば、悪くないポジションにいたのだが、そのことをテレビと結びつけて行為化する想像力が欠落していた。北田論文を読んで、まことに惜しいことをしたと思うのだが仕方がない。「テレビジョンとは何か」そして「テレビに何が可能か」というテーマと、テレビというマチエールを繋ぐ方法論(例えば、「抵抗としての無反省」)が見えなかった。つまり、テレビ論を構築できなかったのだ。そうこうするうちに、僕は現場を離れることになり、「面白くなければテレビじゃない」というフジテレビ現象がギョーカイを席巻する。ただ、「テレビに何が可能か」という問は、トラウマのようにあるいは宙吊りのまま意識の中にあったので、メディア開発という部門は、テレビというシステムの構造転換にどう関わるかという場として何が出来るかという興味はあった。漸くここで話が戻るのだが、それがHDTVだったのだ。
　そのころの(というより、それ以前からだが)近代の超克論や満鉄調査部などへの関心も僕の気分の表れである。つまり、現に機能しているシステムに加担しつつ、その構造を存在理由を含めて変更することは可能か、ということだ。だが、ということを漠然と思いつつ、1989年のベルリンの壁解体までは、僕の思考はほぼ停滞していたといってよいだろう。ベルリンの壁の解体から東欧社会主義圏のそして最後にソ連邦の崩壊に至って、テレビというシステムの構造転換と世界史の中の日本のポジションと、60年代以後の自分の思考方法とを、改めて付き合わせることを迫られたといえるだろう。
　だから・・・というのは強引な論法だが、デジタルという情報技術の革命は、テレビシステムの構造転換の梃子になりうるし、またそれは編成構造から経営構造までを含んだ転換であるだろうという予感はあった。デジタルとは、効率化のための情報技術ではなくて、<意識の変化>に深く関わっている。それは、<符号化>というプロセスにより、認識のリアリティーのあり方を根本から変えてしまうものなのだ。そして、ギョーカイ状況だけではなく、情報と人間の関係も、今そのように進行している。遅ればせながら、テレビシステムの脱臼がテーマとして成立可能になった。こうした論理は、北田氏が言うところの「60年代型思考」の典型かもしれない。だから、「嗤う日本のナショナリズム」読んで、「純粋テレビ」という規定や「テレビは見る人間の<内輪の繋がり>のための素材を提供する仕組み」というような認識に出会うと、「テレビに何が可能か」という問などとっくの昔に破産していたと宣告されているようで、それが衝撃だった。

　だが、「嗤う日本のナショナリズム」を読んだことで、70年代という時代とのすれ違いを<反省>し、また「テレビとは何か」というテーマが状況的に破綻していたのではないかという問い直しを迫られるという二重の衝撃は、不思議にもそれほどの徒労感をもたらすものではない。情報端末として「ただの絵の出る照明器具」に近い存在になりつつあるテレビ、そして客(視聴者)が他者との<繋がり>を自己目的するための素材としてのみ認知され、<記号としてのロマン主義=ナショナリズム>の環境となっているテレビ、そして<ヒト>ともたれあいつつもがいているそのテレビジョンを、どう看取っていくかというテーマはやっぱり悪くないという思いがあるからだろう。テレビジョンは過剰に日常的であり、且つ政治的である。そうであればこそ、デジタルとは技術ではなく、テレビジョンというシステムの構造転換の<方法>として捉えられなければならない。それゆえに、「テレビジョンとは何か」「テレビに何が可能か」という問は、やはり成立すると思うのだ

　それにしても、同時代を生きるとは、まことに難しいものである
　最後に、「嗤う日本のナショナリズム」に転載されているナンシー関の遺文に圧倒された
　・・・というようなことを思いつつ、アントニオ・ネグリの「未来派左翼」を読み始めたところである?

バックナンバー一覧へ>>