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メディア・ノート
    Maekawa Memo
No114.
[テレビにおいて、<見る>ことと記録すること]
2009.1.15

(1) 「ありふれた奇跡・第1回」(フジテレビ)を観た。山田太一さんの台詞を役者がこなしてないという感じがした。小津映画の台詞のように、<不自然さの自然>としてこなすにはリハーサル(台詞の肉体化)の時間が足りないのか、それとも「ふぞろいの林檎たち」の頃よりも、さらに役者の感覚が変化して生理的にもう無理なのか。これから、だんだんこなれてくるのかどうか、よく分からない。「陽のあたる坂道」みたいな話なのだろうか、という印象はあるが、これから毎回観ることになるだろう。ともあれ、「テレビドラマを観た」という気になったのは確かだ。
 山田太一さんが、「今」をどのように見ているのかという興味がある。山田さんは、時代をフィクションとして記録してきた。つまり、ジャーナリズムとしてのテレビドラマなのだ。フジテレビ開局50周年記念企画として制作されたのだが、トレンディードラマの時代をもたらしたフジテレビが、これを企画したことの真意は何処にあるかはともかく、時代の変化を反映しているというべきだろうか。視聴率は12.5%。「あの戦争はなんだったのか」(TBS)とほぼ同じ数字である。これをどう評価すべきだろうか。
 昨年秋の社内講演で、「視聴者にもたれたり、媚びたり、怯んだり」しないで「きちんと向き合うべきだ」と言ったが、山田太一さんのドラマはそのようなものとして成立している。作家がそうであるように、プロデューサーもディレクターも、そして役者も、時代を<見る>ことそしてそれを表現し記録することで、ジャーナリズムとしてのテレビを構成するのである。<テレビ=テラス型=典型としてのバラエティー>という構造を超えて、洞窟型である映画とは違う方法で日常と非日常の裂け目を探る可能性がテレビにはあるのだと思う(No112.参照/ココをクリック)。
   
(2) <見る>ということと、記録することについて考えているうちに、昨年後半に出会った三冊の本のことを思った。
『世界を変えた100日』(日経ナショナル ジオグラフィック社)
 この写真集の中で、一番ドキッとしたのは「ドイツの革命危機」という一枚だ。他にも、「よくぞこんな写真が」と思うものは沢山あるが、このスパルタクス・ブント蜂起の写真には驚いた。カメラマンは至近距離で、中央に銃を構える蜂起側の男と、それを取り押さえようとする軍の兵士、手前には双方の死体、片隅の街路樹の下には倒れている負傷者などを捉えてえている。カメラマンは、この時ファインダーの中の世界と外の現実の関係をどう意識したのだろうか。それとも、そんなことを思うこともなかったのか。この蜂起は失敗し、ローザ・ルクセンブルクは殺害される。左翼とロマンチシズムが相関していた時代を知る者には、突き刺さる写真だ。
『堀田善衛上海日記-滬上天下一九四五-』(紅野謙介編・集英社)
 既に書評も多く出ているので、あらためて書くこともない。ただ、敗戦を上海で迎えた作家が、何を見たか、何を思ったのか、それは間違いなくその後の堀田善衛の表現方法につながっているに違いない、と思った。「かつて東方に国ありき」。「国家」との不透明で尚且つ緊張した距離感がそこにある。その距離を見つめ続けたところに、堀田作品がある。
『小津安二郎陣中日誌』(田中眞澄「小津安二郎と戦争」所収・みすず書房)
 この日誌に記録されている、中国国民党軍の対日宣伝文(原文と訳文)や明治三十七八年戦役(つまり日露戦争)陸軍衛生史の死傷状況の克明な書き写しに驚いた。何のためなのか。いずれ映画製作の資料とするつもりだったのかもしれないが(撮影についての《ノオト》も収められている)、その執着心はただただ呆れる。小津安二郎は、映画監督として日中戦争の中で見るべきものを見ていたのだろう。「見るべきものは、見つ」といったところだろうか。
   
(3) テレビジョンにとって記録とは何か。「テレビは時間である」とは、モンタージュを超えたところに提示されたテレビ的方法の意味である。しかし、それは記録を拒むものではなく、テレビ的表現による記録を要請している。その原点は<見る>ことにある。「テレビは全てジャーナリズム」とはこのことなのだ。
「テレビは見せるのではなく、<見る>のだ」といったのは、村木良彦さんだった。
村木さんが亡くなって、間もなく1年になる。



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