TBSメディア総合研究所

No128．
[ローカル局の存在理由]

2009.8.15

　広島・松山に行って来た。民放連の「放送の将来像と法制度」研究会の委員長という立場で、他の委員(大学や研究機関の研究者たち)と一緒に、ローカル局のあり方を調査するという目的で、昨年の福島に続いて二度目である。放送の世界に身を置いてきたということでいえば、他の委員よりは地方局のことを多少は知っているとはいえ、東京にいると地方のことは分かってないということをあらためて実感した。瀬戸内を挟んで過ごした4日間で感じたことをノートしておきたい。

キー局はローカルのことを知らない
現行免許制度では、キー局も関東広域圏の放送局なのだが、全国ネットワークの中心としての機能を果たしているため、「地域免許」という地上放送のそもそもの意味と役割について自覚されることは稀である。放送の多様性・多元性・地域性という基本は、東京では見えにくい。地域から日本を見るという目線は東京では生まれない。東京では、東京=日本であると思っているし、関東広域圏放送局の放送が「放送というものだ」とも思っている。ローカル局にいってみると、そうした東京的認識とのギャプの大きさに気づかされるし、ローカル局側が感じているギャップは更に大きいものだということにも気づかされる。

土地・生活・情報
広島市も松山市も県庁所在地であり、それぞれの県の中心都市である。そこにはさらに周辺の町村があり、格差がある。しかしそうだとしても、広島も松山も「これが一つの都市だ」というサイズ感があり、東京のような茫漠とした空間ではない。人々の時間と空間の共有感というものが漂っている。土地と生活と情報の相関性が実態的に成立している。総選挙の争点として地方分権が登場しているが、政治的な中央集権と同時に経済的な一極集中が問題だ。近代国民国家は何らかの形で「集権」を条件とするのであり、そこでどのように富(有形･無形)を分配するかのシステムが不在なのではないか。放っておけば一極集中が起こるのが経済原理というものであろう。
では、情報において中央と地方の関係はどのように問われるべきか。広島の中国放送(RCC)は「情報の地方分権」を経営の基本として掲げているが、情報は土地と生活と不可分であり、時間軸としての文化とも不可分である。東京の目線では、そこが見えない。

国は「無機質」な空間だ
それに比べると国は無機的な空間に思える。それ故に、意識の共有が国家の条件になり、そこから国家は「想像の共同体」とか「共同幻想」と呼ばれ、物語性が求められる。国民国家とは、こうした作為性と不可分なのである。民主主義は、その作為性を契約という概念で形式化する政治方法であろう。その契約という作為性の危うさを承知しておかくことが民主主義の前提である。民族や伝統へ回帰しようとするモメントは常に存在するのだから、そして民主主義とは形式の政治学なのだから、形式に則れば民主主義が反民主主義を生むことは合法的に可能なのである。そのとき、地域の有機性(地理・生活･文化)は国民国家とどう関係するのか。国の論理に包摂しきれない地域性はあるのか。それは地方分権論の外に置かれた問題である。

グラデーション社会・日本
カリフォルニア州と日本はほぼ同じ広さだということは、分かりやすい比較論としてしばしば登場する。その同じ広さの中に、多様な文化のグラデーションが分布している。その上、言語における多様性の幅が小さいために、グラデーションの変化は微細であり密度が濃い。都市化はそのグラデーションを単一化する方向に作用する。民俗学が効率化の「陰」に焦点を当てる理由はここにある。地方メディアにとって、これは継続的テーマであるはずだ。

テレビネットワークとローカル局
テレビネットワークは全国情報と地方情報のハイブリッドで成立している。地方局の自社製作比率が低いという批判があるが、夫々の日々の情報の質量を全国情報に比べれば、他の産業分野と比較してそれが格段に低いということはない。では、ローカル局の制作費でエンタテイメント分野の自社制作が可能かといえば、それが容易ではないことは明らかだ。そうだとするとローカル局の情報機能は次の三点に絞られる。(1)その地域の問題を掘り下げるドキュメンタリー制作であり、限られた条件化で毎年優れた番組が制作されている(メディアノートNo124.「番組評価とローカル局の原点」参照・ココをクリック)。(2)大事件･大事故の際のネットワークの前線基地としての機能であり、ネットワークの取材体制の構成員としての役割を果たしている。(3) 緊急災害の場合の情報発信である。ローカル民放はNHKより柔軟で継続的な編成により情報提供を行いうる。(2)、(3)は、放送が装置産業であることをローカル局も求められていることを意味する。これは経営的には固定費の負担が大きいことにつながるが、それは地上民放の宿命でもあろう。
こう考えると、テレビ・ネットワークは中心(キー局)から周辺(ローカル局)へ同心円的に構成されているのではなく、重層的・立体的なものであることが分かる。問題は、各地域にそれを維持するだけの経済的基盤があるかということに加え、情報産業全体の変化によるマス媒体広告費が低減傾向にあるということだ。これはテレビ･ネットワークそのものの存在に関わる。各地域(県)の放送局数は市場により決められるわけではない。また、言論の多様性という原則から、地方紙のように一県一紙という情報圏を構成することも出来ない。ローカル局は地方固有の課題を抱えながら、その解決は地方を越える問題なのである。

情報空間…テレビ
直接的なコミュニケーション、例えば生活圏や個人的な関係における情報交換(会話、身体的表現、手紙、電話、メール、など)をリアルな情報関係だとすると、テレビ情報は擬似リアルなものであり、ネットは非リアル(サイバー)な関係である。生活圏や個人的な関係は、国家の構成要因ではなく、それとは別個に存在する。このため、個人を国民として、また地域を国家の機構として再編する(例えば、廃藩置県)ために、国は<情報>の共有による秩序を構成しようとする。マスメディアは一方では権力への異議申し立てを存立根拠としつつ、他方では秩序維持のために機能する。特に、免許制度を条件とする放送はこの二重構造を担わざるを得ない。それゆえにこそ、放送は国家原理と同化しない存在理由を常に反芻しなければならないのである。「情報の地方分権」とは、実は(提唱者の意図を超えて?)放送がその出自のときから内在させているこの矛盾を突いてしまったのではないか。いうまでもなく、矛盾が存在することで放送は放送でありうるのである。

続・情報空間…インターネット
インターネット空間が国家とどのように関係するか、それがいまインターネットに問われている。放送や新聞の情報がネット配信されるということは、放送と同様の規制関係におかれるのかどうなのか。そうだとすると、その対象は誰なのか。規制は何を根拠とするのか、などなど。自由を旗印にしてきたインターネットにとって、これは初めて遭遇する事態である。その一方で、インターネットの越境性は夙に指摘され、実際に世界各地の反政府的な動乱情報はインターネットにより世界化されている。国家はそれを規制するのに懸命になっていることは、既にいくつかの事例でよく知られている。しかし、それと同時にグーグルのように超国家的情報空間が生まれつつあることは、私たちにとって未知の経験である。金融資本が国家の枠を超えて活動しているように、情報も資本による国際情報圏(=支配)が形成されつつある。著作物の自由な利用はデジタルデータ化とインターネットにより大幅に促進されつつある。それはまことに結構なことである。だが、それは主体不明の巨大なコンピュータによる知の支配ではないかと疑ってみることも必要ではないだろうか。

人間のアナログ性(感性と身体)
ここで私たちは人間の身体性という問題に向き合うことになる。方法としてのデジタルは不可避である。だが、私たちは符号化された情報を身体としての知性と感性で読み解いている。アナログこそがオリジナルなのだ。情報の発生する現場は符号化される以前のアナログなのである。どこにオリジナルがあるのか、メディアはまずそこに踏み込まなければならない。メディアとは物理媒体のことではなく、そこに関わる行為を含んでいる言葉なのだ。生活者に直面する(リアルな情報の場)という意味で、ローカル局はキー局より優位にいる。情報が発生する生活圏と放送局の関係は、ローカルにおいてより典型的に形成されているはずだ。

ローカル局は自己証明を問われている
それにもかかわらずローカル局は苦しんでいる。情報環境の変化に対応するためのデジタル化のために相当程度の投資を背負っている。経営環境は好転しない。地方の経済は低迷している。情報の一極集中はさらに進展している。好況時代の人件費の削減は容易ではない。若者のテレビ離れは進む。地上波が苦戦している反面BSの黒字化は不安材料だ。大事件や緊急災害はそう度々起こるわけではないが、それへの対応は手を抜けない。ドキュメンタリーの制作も限度がある。キー局の経営動向がローカルと直結する、などなど。それに対処するのが経営というものだとはいえ、これらの課題の解決は自力の範囲をはるかに超えている。
ローカル局は何のために存在しているのか。いま、ローカル局は(まともな経営者ならば)この問に直面しているはずだ。出来合いの答えがあろうはずがない。ただ、例えば「総合的法体系」の読み解き方やその先にある地上波の再編の有無や可否について、真剣に向き合うことを放棄したところにローカルの将来はない。東京の目線にあわせるだけでは何も見えてこない。例えば、話は突然飛躍するようだが、タレントの覚せい剤事件に追い回される東京局ではない立ち位置で、この「事件」(メディア報道も含めて)を考えることから何かが始まるのではないか。覚せい剤がいいはずがないが、警察・検察の捜査とメディアとの関係を考える必要があるのだ。この報道が、ローカルにどういう意味があるのか、それを考えているのだろうか。そこが肝要なのだ。状況が厳しいからといって落ち込んで暗くなっててもしょうがない。

10.

平成新局(P4)と独立U局の問題
ここまで書いてきたことは、全てのローカル局にとって原則的なことなのだが、いくつかの地域のいわゆる[P4]*即ち各地域の最後発局(民放第4局)や独立U局(ネットワーク外の局)にとっては、「おっしゃることは分かりますけど、当社の経営実態からはそれを具体化することどころか、考える余裕もないのです」というのが本音かもしれない。確かに、独立U局やいくつかの平成新局と呼ばれる局の現実は更に厳しい。しかし、そうした局も含めて地上民放の業界は成り立っているのである。「総合的法体系」の検討の中で、こうしたローカル局の実態と電波行政の関係を仔細に検討されたのかどうか。融合型新規ビジネスの活性化のための規制緩和はまことに尤もな政策方針だが、ここに至るまでの放送行政のレビューはどうなっているのか。官からの提起がないのなら、放送事業者自らが提起しなければならないであろう。もちろん、平成新局だからといって民放の原則的あり方の埒外に置かれるわけではない。

*	Pはプライベート(民放)の略。当該地域の開局順にP1,P2,と表記される。 NHK総合は[N-G]、教育は[N-E]。

11.

電波行政
従来の電波行政のままで、ローカル局の将来に展望を見出せるかといえばそんなことはない。では、どういう制度が望ましいのか。放送の多様性･多元性･地域性という原則は、今後も根本命題なのか。チャンネル格差是正は放送波で実現されるべきか。「あまねく普及」は企業努力なのか、公共政策なのか。無線局免許とコンテンツ規制による事業認定という二重化は何を意味するのか。NHKとは何か。情報産業政策において振興と規制は分離されるべきか(独立行政機関の適否)。地方総合通信局の問題点は何か。これらについてローカル局は自ら考えなければならない。更に、地方ジャーナリズムとして地方行政機関との関係はどうあるべきか。経営の安定なくして言論の自由なし、というがそれは言論の自由が経営の下位概念ではないことは言うまでもない。では、ローカル局の現場はこれについてどういう議論をしてきたか。
結局のところ、放送の主体性は個々の、つまり一つ一つのローカル局のあり方にかかっている。民放連やキー局の議論に任せていてはいけないのだ。そこからしか、生活圏というリアルな情報の場に関わるローカル局の存在理由は見えてこないであろう。その反面で、現実のローカル局は(いうまでもなくキー局も)「放送の公共性」という大義名分に寄りかかり、地域における優位な立場を自明のものとしてこなかったか。公共性は免許に付帯したものではない。それは放送事業者の主体的行為によった構築されるものなのである。放送事業者がしばしば陥る基幹放送論の陥穽の危うさは、キー局だけのものではないのである。

　ランダムなノートになってしまったが、とりあえずこうしたことを書いておかないと先に進めない。「放送の将来像と法制度研究会」もまとめの段階に入ろうとしている。理念と現実を綺麗に整理するのは困難だ。美しい一枚の絵を描くよりは、収まりが悪くても角のある論点を示したいと考えている。その意味で、昨年の福島、今回の中四国の調査に協力して頂いた各局、東京に来て頂いた北海道と沖縄の局の皆さんに感謝している。本当に知らなかったことが随分あったし、そうだったのかと思うこともいろいろあった。とはいえ、ローカル局に口当たりのいい報告になるとは限らない。

■

広島に着いたのは8月3日の夕刻。翌朝、平和公園を散歩した。6日が近いせいか外国人の姿も多くかった。丁度、市長が式典のリハーサルをしているところだった。広島は何度か訪れているが、これまで平和資料館を観る機会がなかった。ちょうど開館時間だったので入場して、1時間ほど展示と向き合った。
やはり、誰もが一度はここを訪れるべきだ。生半な感想を許さないものがここにはある。歴史=人間の行為を直視することを避けてはならない。
外に出て、街の光景に少したじろいだ。

8月5日朝　平和記念公園

(撮影民放連企画部山下勇介)

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