TBSメディア総合研究所

No56．「2006夏の地デジ…「答申案」「放政研」「あり懇」etc,」

2006.9.1

　夏に入って、デジタル放送関係の審議会・研究会の答申や報告書の取りまとめが集中的に行われた。これらを踏まえつつ、当局は予算要求の作業に入っている。地デジを考えるとは、地デジだけ考えれば良いというものではない。様々な場で議論検討されてまとめられたものが、どう政策化されていくかという流れの中で、地デジを見ておくことが必要であろう。

　「通信・放送の在り方に関する懇談会」(以下、「あり懇」)の報告書は、既に6月6日に公表され、これを基にした政策課題は6月20日の「政府与党合意」に集約されている(「あり懇」については、メディアノート7月1日No52参照…ここをクリック)。また、「デジタル化の進展と放送政策に関する調査研究会」(以下、放政研)の取りまとめ案は7月19日に公表され、現在パプリックコメント募集中である。そして、地デジ検討の中心的な場である「地上デジタル放送推進に関する検討委員会」(村井委員会)は、報告書を情報通信審議会に提出し、同審議会は8月1日にこれを承認し、「地上デジタル放送の利活用と普及に向けて行政の果たすべき役割」第3次中間答申・案(以下、「答申案」）としてパブリックコメントを募集している(この「答申案」のうちコンテンツ保護技術問題については、メディアノート前号No55参照…ここをクリック)。

　地デジの観点からは、いうまでもなくこの「答申案」に集約された課題が、国としても事業者としても今後の対応の軸となる。ここでは「中継局ロードマップ・公的支援・補完措置」を中心に、論点を考えて見たい。
　中継局自力建設の対アナログカバー比率は、全事業者平均でおよそ98%を超える。更なる上積みもあるだろうが、残る部分は地理的(=コスト的)にかなり困難度の高い地域と考えられるため、2011年という時限的条件下ではほぼ上限に近いと考えてよい。「答申案」では、こうした地域のデジタル化のための(1)中継局建設への支援、(2)放送波以外の手段(補完措置)の活用について、概ね「事業者への政策金融・税制措置などの支援措置を前提としつつ、その上であらゆる補完措置による地デジサービスの提供」という方向が示されている。これは、現行制度では事業者=免許主体=中継局建設主体となることから、中継局建設への助成は事業者への助成となるため、政策手法のプライオリティーや他産業における支援策との比較において、説得性に欠けるという考え方によるものであろう。
　しかし、地デジ政策は産業政策であると同時に、公共政策でもある。とりわけこの「2%問題」は、2011年デジタル移行という視点からは、公共政策そのものといえる。したがって今後は一層行政としての選択・判断の比重が大きくなるであろうし、またそうであるべきだ。「答申案」では、(1)広範な地域に世帯が散在する、(2)辺地共聴施設による受信者と地理的あるいは生活環境面で共通し、現行施設設置経緯も自治体住民の要望等により建設費用を事業者が全部あるいは一部負担していない事情がある、(3)補完的措置が民間ベースでは整備困難である、等の場合について経営上の困難性を検証しつつ、引き続き公的支援措置について検討する必要性を記述している。ではどうすればよいのか。

(1) 困難度の高い地区を多く抱える放送対象地域を具体的に選定する。

(2) 当該地区における合理的手段(建設・維持)を選択する

(3) 同一放送対象地域において地区毎に手段が異なる場合、当該放送象地域全体のデジタル移行の総合的プランとしての整合性を検証する。

(4) 必要な制度整備を行う。

(5) 費用負担のあり方について関係者(国、自治体、事業者、住民)が合意する。

当たり前だが、一つずつこれらを詰めていくしかない(その際「ポスト2011」という視線も必要になる)。その上で、国としての措置を明確にすることが求められる。地デジは国と事業者が共同で進めて来たが、夫々の役割は自ずから異なるのであって、それを明確にしつつ共同することが基本なのである。「答申案」の外の話(最終デジタル空白区対応、混信対策、リパッキング、等)も含めて、事態は確実に[アナログ終了]という最難関課題に向けて進みつつある。国としての判断とそれに基づく措置が重きをなす所以である。
　一つだけ付け加えておこう。「答申案」の中で、放送事業者から見て「鬼ッ子」に見えるが、しかし「融合論」的に言えば象徴的な存在がIPマルチキャスト再送信である。議論が喧しかった割には、条件不利地域の補完手段としての利用として大きな期待を寄せるのは難しい。何しろ、インフラ整備の条件不利の程度は放送以下なのだ。したがって、これが実際に利用されるのは都市部であることは間違いない。条件不利地域だけでは採算性が成立しないことに加えて、視聴者の選択の幅を広げることが、デジタル化の推進効果があるということから、昨年の「第2次中間答申」に取り上げられたのだが、「あり懇」の議論の経緯で「IPマルチキャスト再送信は、地域限定すべきではない」などの主張があり、一時は極めてスリリングな状況にあった。結局、「答申案」では「(再送信である以上)番組の内容、品質、放送の意図としての地域等、当該番組の属性の同一」(下線筆者)を求めることについて基本的に合理性がある旨が記載された。「答申案」には、これに沿って「再送信同意条件」の素案にあたる資料が添付されている。放送事業者としても、「補完措置」に正対しなければならないのである。

　ここまでは、いわば「地デジの微視的考察」である。一方、この「情通審=村井委員会」と並行して検討が進められてきた「放政研・とりまとめ（案)」の焦点は「放送持ち株会社」の制度化案である。この研究会は標題にあるとおり「デジタル化の進展」を前提にしているのであり、そうした観点から「放送持ち株会社を制度化することは、放送を取り巻く環境が大きく変化する中、有意義」と提言している。この制度案からは、民放経営にとって二つの意味があると考えられる。
　第一はネットワーク戦略として系列各社を持ち株会社の下に置くかどうかである。この点について、「とりまとめ案」は「全国をカバーできるようにすることも念頭において検討することが適当」としている。ということは、これの制度化以後、各系列のネットワーク戦略の独自性が大きく異なる可能性がある。第二は、特にキー局の経営の多角化である。「放送持ち株会社の子会社の個々の事業内容に制限を設ける必要はない」とされていることから、グループ経営の効率化が図られる可能性が出てくる。この点は、「あり懇」の「日本の通信放送分野のコングロマリット化を目指す」方向と一致しているかに見える。しかし、「放政研」はあくまでも放送法体系を前提としているのであって、通信・放送の融合法制を目指す「あり懇」とは前提が異なる。むしろ、地域情報の確保という観点から「従来の構造規制(出資比率規制など)に代えて一定の行為規制(編成上のローカル情報比率規制など)を導入することが必要」としているように、放送法の基本原則(ハード規制を前提にした最小限の内容規制)が変更される可能性があり、それが放送法の体系としてどう位置付けられるかが気になる。
　何故ならば、「あり懇」報告書を受けた「政府与党合意」においても、「通信と放送に関する総合的な法体系の早急な検討」は政策課題とされており、既に8月30日に「通信・放送の総合的法体系に関する研究会」（以下、「総合法制研」）の第1回会合が開催されている。今後の調査研究項目として、地上波も含めて「伝送・プラットフォーム・コンテンツ等の規制の在り方」が含まれており、こうしたベクトルと放送法体系を前提にした「放政研」提言による制度化とがどのように調整されるのか、その過程において「行為規制」が「構造規制」と分離されて独自の体系とされた場合に、言論機関としての放送に対してどのように機能するのか極めて懸念される。免許事業である放送が言論機関として自立を目指す根拠は、ハード規制を前提にした編成(=内容)の最小限規制であることは、以前にも述べた。そうだとすると問題はこうなる。
　「あり懇」報告書の構造については、先に触れたメディアノートNo52の通りであるが、政策課題として具体的に俎上に載るのは「政府与党合意」に9項目に限られる。しかし、そのキーワードであるレイヤー規制は、まさに「総合法制研」として具体化した。｢あり懇｣の思想、すなわち「高度なインフラを活用したコンテンツ流通市場の形成とそのためのレイヤー毎の規制体系」が活かされる道が開かれたのだ。合意文書には並列的にかかれているが、そこにはNHKの音楽・芸能・スポーツ部門の本体からの分離や伝送部門の会計の峻別化、放送コンテンツの外部調達についての期待、などが政策課題として掲げられている。これが実態化されれば放送産業全体に与える影響は大きい。思想と政策の一体化という意味で、「あり懇」の”成果”というべきだろう。こうした展開に対応するためにも、放送事業者はポスト2011年を視野に入れた政策対応が必要なのである。

　「2%対策」「持ち株会社」「総合的法体系」は夫々別個の事象のように見えるし、実際に夫々の行政の担当官と話をすれば、「それはそれ、これはこれ」というであろう。しかし、デジタル化は他の場(例えば、知財本部や文化審議会の議論など)の検討の局面とも連関しつつ、多角的多層的に進行している。個別の課題の検討意識とは別に、総体としての状況認識がないとテレビジョンの置かれたポジションが見えなくなる。個別の経営判断を超えて、デジタル時代の地上波テレビそのものを俯瞰する視点の構築が欠かせないが、民放事業者として、それを組織化出来るだろうか。

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